カテゴリー別アーカイブ: メロドラマ

映画内の朗読

映画は動画だから、そこに静止画が映るとどきっとする。レネ、ロージー、タルコフスキーといった例をわたしは思い浮かべている(夜と霧、銃殺、僕の村は戦場だった、など)。 映画でこれと似た感触を抱かせるものに朗読(場面)がある。 … 続きを読む

カテゴリー: メロドラマ, 映画, 芦川いづみ | コメントは受け付けていません。

最初のメロドラマ(ピーター・ブルックス『メロドラマ的想像力』による)

ご承知の通り、メロドラマ論の先行研究として著名なのはピーター・ブルックス『メロドラマ的想像力』(Peter Brooks “The Melodoramatic Imagination : Balzac, Henry Ja … 続きを読む

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ポスト・メロドラマからファスビンダー、シュレーターへ

様式の成熟は新たな様式を準備する。映画のメロドラマ形式が50年代までに爛熟し、陳腐なステロタイプに見えるようになっていたとき、メロドラマの殻を破って、つまりこの形式の特徴を受け継ぎながらそれに甘んじない表現を伴って、従来 … 続きを読む

カテゴリー: シュレーター, ファスビンダー, ペッツォルト, マックス・オフュルス, メロドラマ, 映画 | 1件のコメント

擬似メロドラマとしての『めまい』

先にわたしは、映画のメロドラマ形式の特徴として、恋の結末(成就であれ悲恋であれ破局であれ)に至るまでの間の冗長な迂回(しばしば恋愛そのものよりこれを邪魔するものが描かれる)をあげた(「ペッツォルト『あの日のように抱きしめ … 続きを読む

カテゴリー: ペッツォルト, メロドラマ, 映画 | 1件のコメント

ペッツォルト『あの日のように抱きしめて』――映画のメロドラマの系譜における

劇映画におけるメロドラマは、恋愛のはじまりやその帰趨(恋の成就または挫折)の表現によってではなく、結末に至るまでの迂路によって特徴づけられる。恋するふたりはさまざまな障害に直面する――事故やすれ違いなどの偶発事、恋敵の横 … 続きを読む

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