カテゴリー別アーカイブ: 溝口健二

溝口健二『残菊物語』(デジタル修復版Blu-ray)

これはうれしい。既存のDVDの画質は悪く、主演の森赫子の顔が判別しにくい箇所さえある。発売は来年のようだが、楽しみだ。 https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B013OUEI1Y/ref=s9 … 続きを読む

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特集溝口健二編集後記

『女性の勝利』から『西鶴一代女』に至る溝口健二9作品を集中的に見てわかったこと。 1) 女性主人公の長いモノローグと行動の描写が、全9作品の核心をなしている(『女性の勝利』でのそれは弁論という特殊な形式を取るが、その結果 … 続きを読む

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キャバレー「ショウボート」

溝口『武蔵野夫人』は何度見てもよい映画だ。 後半、森雅之を放ったらかしにして轟夕起子がタクシーで五反田へ行ってしまう場面の背景に、銀座八丁目にあったキャバレー「ショウボート」の建物の全景が映っている。50年代以降、複数の … 続きを読む

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『雪夫人絵図』

雪夫人はほとんどこの社会と関わりを持たない。夫の蕩尽を見守りこそすれ、彼女にそうした欲求はない。宏壮な屋敷の空間を除いて彼女は居場所を持たない――芦ノ湖に忽然と姿を消す前からすでに、彼女はたった一つの場所を守っている幽霊 … 続きを読む

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久我さん

「ボルジア屋」「なんでえ あふあふ堂か どうしてた」「なあに変わりはねえさ」「そうかい 変わり映えしねえってか あはは」「なに言いやがる そっちこそつまらねえ瓦版ばかり書き流しやがって 溝口はいいが雪夫人はどうした」「あ … 続きを読む

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『女優須磨子の恋』

溝口健二『女優須磨子の恋』(1947)は『歌麿をめぐる五人の女』に続く戦後第三作だ。新劇運動の先駆者島村抱月と女優松井須磨子の半生を描いているといえば、時代劇から現代劇へ再び戻ったのかと思われるかもしれない。しかし、ここ … 続きを読む

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『武蔵野夫人』

いまさらながら、『武蔵野夫人』(1951)はすごい作品だ。同年の前作『お遊さま』(大映)から製作会社が東宝に移り、カメラも宮川一夫から成瀬巳喜男の作品で知られる玉井正夫に引き継がれる。本作品での玉井のカメラは、武蔵野の景 … 続きを読む

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谷崎「蘆刈」と溝口『お遊さま』

溝口健二『お遊さま』(1951)は谷崎潤一郎「蘆刈」に取材している。後者は能「芦刈」をモチーフの一つとしており、エピグラフ「君なくてあしかりけりと思ふにも いとゝ難波のうらはすみうき」も同曲からの引用だ。 能「芦刈」は、 … 続きを読む

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溝口健二『わが恋は燃えぬ』(1949)

ペッツォルトの新作について書いたときにうっかり忘れていたが、あの映画の中で形成外科医がニーナ・ホスの鼻の手本にしたのは(1945年の時点ですでに時代遅れになっていた)女優ツァラー・レアンダーであり、ホスの麻酔時のカウント … 続きを読む

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『西鶴一代女』の空間

『西鶴一代女』の試みは、戦前から敗戦直後の作品に見られる空間の代表的な形式、たとえば郭・茶屋・芝居小屋・舞台・茶の間から女を解放することではないか。京の大路の渺漠たる風景は、『夜の女たち』で焼土の瓦礫(ロッセリーニに匹敵 … 続きを読む

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