雑感(『浮草』と清順)

「バックステージ物」の傑作を数え上げたらきりがない。そもそも小津の『浮草』(大映、1959、撮影監督は宮川一夫)が、自身の『浮草物語』(松竹、1934)へのオマージュなのであり、しかもふたつの作品の間には『人情紙風船』(1937)と『残菊物語』(1939)がある。それにしても『浮草』における小津と宮川の出会いは僥倖と言うべきだ。すべてのショットが完璧な照明、色彩設計、構図で撮られているだけではない。物語の進行に則った各ショットの配置(芝居小屋前景、坂の多い港町の石垣に沿って立つ建物と中庭の美術、また狭い道をたどってある場所から他の場所へ移動する人物を捉えるモンタージュ)、プロットとは必ずしも関係のないできごとあるいは無人の情景のインサート(冒頭の灯台と空き瓶、随所に見られる壁に張られた広告、芝居を観る老人たちの後ろ姿、一座解散の宴から抜け出した老芸人を追って来た孫が梨を落として泣き出す場面、ラストの列車内の眠る子ども)、登場人物が互いの心情をあからさまにする場面(雨脚を挟んで対峙する京マチ子と中村鴈治郎、最初は騙すつもりで誘ったのだと川口浩に告白する若尾文子、再び旅に出た鴈治郎の心根について若尾文子と川口浩に語り聞かせる杉村春子)など、すべてが考え得る最高の完成度にある。

唐突だが、この作品が鈴木清順とその撮影監督たちに与えた影響は大きいと思われる。清順は日活時代に『峠を渡る若い風』(1961)で『浮草』にオマージュを捧げていた(当時の清順作品には珍しくカラーであり、縁日の夜に色とりどりのかき氷用シロップを浴衣に投げかけるショットなどでは独自の色彩の遊びを試みてもいる)。ついでに言えば、増村保造も63年に中村鴈治郎を招いて『ぐれん隊純情派』というバックステージ物の秀作を撮っている(ただしモノクロ、シネマスコープ)。『浮草』の照明、構図、モンタージュ(あえて言えば語り口)は、『ツィゴイネルワイゼン』と『陽炎座』を髣髴させる。とりわけ『浮草』ラストの衝撃的な各ショット(列車内の眠る子ども、中村鴈治郎と京マチ子、さらには遠ざかる列車を地面から見上げるあの動物的なショット)に、清順作品の小津からの源流を見て取ることができる。

 

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