気分転換の昼飲み(ただし一杯にかぎる)について

昨日、そういう気分になってコニャックを買ってきた。家飲み用にである。たまたま近くの売り場にあったレバーペーストとの相性が抜群によかったため、うっかりがぶ飲みしてしまい、今日の昼過ぎまでアルコールが残ってしまった。最近自宅では日本酒やワインを飲むことが多いので、蒸留酒の飲み方を間違えたようだ。その教訓をもとに、今はチェイサーの水を脇において飲んでいる(だからコニャックを)。

フランス映画などで、昼間から一杯のアルコールをぐいっと飲んですぐに立ち去って行く大人たちの姿を見て、内心“奴らはアルコール耐性が高いからな”とか“こんなことだから彼らのGDPは”などといった陳腐な感想を抱かれたかたが今このエントリーを読んでいるはずはない。

コニャックやリキュール、それからスタルカのようなリキュール入りウォッカなどについて言わせてもらえば、これらのアルコール類を昼間に一杯だけ引っかけるという習慣は、アルコール耐性に由来するのみではない。とりわけコニャックやスタルカを数杯飲んでいただければわかることだが、むしろその後の覚醒作用の方が危ないくらいである(人によっては興奮して眠れなくなる)。しかし昼間にこれらの酒類を一杯引っかけるだけならば、コーヒー以上の効果がある。

先日わたしは昼時の丸の内に出かけ、そこでのビジネスパースンのランチ合戦を垣間見た。これに呆れてわたしは日本橋へ足を延ばし、老舗おでん屋でリーズナブルな昼食をとった(750円)。もし日本の企業の大半がお昼の休憩を1時間半に延長し、それに応じてたとえば東京は銀座、渋谷などの街々に一杯のコニャック、リキュール、グラスワイン、シェリーなどを食後に提供する立飲み感覚の(しかししみったれていない)店が繁盛することになったとしたら、いわゆる経済効果も相当なものになると思われる。

ラテン系の人々の昼酒は必ずしも不経済ではないと知るべきである。

 

カテゴリー: 革命   パーマリンク

コメントは受け付けていません。