ご隠居

かつてわたしは童顔だった。中学生の頃は小学生に間違えられることもあった(性徴はまだきに訪れたため、当人は周囲の子供扱いと自身の性欲との乖離を煩わしく感じたものである)。

中学2年の時のクラスメートに風変わりな男がいてしばらく交流した。この男が当時何を考えていたのかいまだによくわからないところがある。彼はおやじくさい風貌であったのに、こともあろうにわたしを「ご隠居」と呼んだ。同じクラスに、もっと親しく交流していた男女数人のグループがあり、こちらの女子はわたしを「教授」と呼んでいた。どちらも本ばかり読んでかしこまった印象を与えるわたしの雰囲気を形容したものだったのであろうが、「ご隠居」には閉口した。

最近親しくさせていただいているドイツ文学者は、立派な先生なのに、先生と呼ばれるのを好まない。しかたがないのでさん付けで呼ばせていただいているが恐縮する。わたしもひとから先生と呼ばれるのはやはり好まないが、昔ちょっとだけものを教えたことのある年下の男が、最近飲み友達となって、会うたびにわたしを先生と呼ぶので困っている。何かいい別名はないものかと考えて思いついたのが「ご隠居」である。さすがに先のドイツ文学者をそう呼ぶわけにはいかないので、自分をそう呼ばせておもしろがってみようかと考えている。

 

カテゴリー: 未分類   パーマリンク

コメントは受け付けていません。