『パルジファル』(1961年4月)

『パルジファル』の音楽は、例のごとく複数のライトモチーフの接続と重ね合わせによって成り立ってはいるけれども、教会音楽的な耳になじみやすい和声に基礎づけられたモチーフが多く、しかも主要なそれは第1幕のプレリュードに網羅されていて、幕が上がってからの各場面でも基本的に予告された通りのモチーフの組合せに基づいて音楽が進行するため、『ワルキューレ』や『トリスタン』第2幕のような、聴いていてどこへ連れ去られるのか予想もつかないといった展開はそれほど多くない。

ただし第2幕の後半、魔法によって誘惑者に変身したクンドリがパルジファルを罠にかけようとするものの、逆に彼を覚醒へ導いてしまう場面での彼女の歌唱は、聖杯、信仰、(アンフォルタスの)苦悩、(同情を通じて叡智を得る)救い主等々のモチーフ群が遠景に退く中、呻きと苦悩と憧憬と怒りを縫いつけるように持続する――これこそワーグナーの音楽である。クンドリは目の前で覚醒していくパルジファルを最初は怖れの目で見やるが、続いて半ばは魔法の力に頼り、半ばは自らの渇望によって、空しくも激しく彼を誘惑する。第1幕の、疲れた獣の発する咆哮のような切れ切れの声とはうって変わって、第2幕の彼女の歌は、時にライトモチーフを離れて即興的な音型を奏でるオーケストラに伴われ、救いを求めながら魔法の力に阻止され、希求するのとは逆の道を行ってしまう焦燥を激しく描き出す。

『パルジファル』の典礼的あるいは祝祭的な音楽の「美しさ」に魅了されないわけではないけれども、第2幕のクンドリのそれのような、聴き手の予想を軽々と超えて展開する音楽を、このオペラがもう少し豊富に備えていてくれたらとつい思う。

ところでその第2幕のクンドリを、クリスタ・ルートヴィッヒの優れた歌とカラヤンが指揮するウィーン国立歌劇場の演奏で聴ける録音がある。1961年4月のライブをORF(オーストリア放送協会)がラジオ放送用に録音した音源をRCAがCD化したもので、昨年のワーグナー・イヤーに合わせて発売された“Richard Wagner : Great Recodings”というBOXセットに収録されている(Sony Classical, RCA, Eurodisc, 3レーベルの音源をまとめ、Sony Music Entertainment Germany から発売されたもの)。カラヤンがこのオペラに傾けた情熱はよく知られており、それは晩年にデジタル録音されたベルリン・フィルとの演奏の中に今も生き続けている。61年録音のカラヤンの指揮は、先にあげた第2幕のクンドリの歌唱を支えるオーケストラの、生き物のように闊達な動きを操って見事だ。当時のウィーン・フィルの切れ味のよい弦の響きも感動的である。

このライブではクンドリがダブル・キャストである。第2幕後半、誘惑者に変身して「パルジファル」と呼びかけるところからはルートヴィッヒが歌い(この導入の歌声がとてもよい)、他の幕と、第2幕前半(クリングゾールによって覚醒させられる場面)ではエリーザベト・ヘンゲンが歌っている。おそらく第2幕後半の誘惑者クンドリを音楽と演出の上で際立たせようとした、指揮者または演出家の意図によるものだろう。1961年といえばまだザルツブルグ・イースター音楽祭が催される前なので、CDに明記はされていないけれども、演奏はウィーン国立歌劇場で行われたのではないだろうか。わたしは『パルジファル』をカラヤンの80年代のデジタル録音から聴き始めたが、1961年の音源については昨年まで存在さえ知らなかった。貴重な記録である。

 

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