ふたごのバーテンダー

個人経営のこじんまりとした雰囲気と酒の品揃えのよいバーで、オーナー=マスターがふたごという店が実在する。

わたしは比較的広く浅くソト飲みするほうである。常連になると別に聞きたくない店の内情が聞こえてきたり、他の客との付き合いの必要に迫られたりするのがめんどうだからだ。ふたごのバーテンダーの店にも、時々気が向いたら顔を出す程度である。そのせいもあって、わたしはその店に出かけるようになってから数年間、マスターがふたり存在するということにまったく気づかなかった。通りかかってふらりと入った最初の折に、その日のマスター(ふたごの一方)から名刺をもらったのだが、そこにはもうひとり同じ風貌のマスターがいますとは(当たり前だが)書かれていなかった。そしてその後何度か訪れた際にも、その時その時のマスターは自分がだれであるかを名乗ることはなかった。

これはなかなかおもしろいシチュエーションである。マスターがふたり存在するという事実を知ったのは、カウンターの他の客と(その日の)マスターとの会話を通じてであったが、びっくりしてその会話に参加したわたしの驚きのほうにむしろびっくりされてしまった。その時に思い返してみたところ、何度か訪れたその都度、わたしは相手を同一人物であると思い込んでマスターと対話していたことが判明した。プロフェッショナルなバーテンダーは客の顔と名前、それに以前会話した内容をこと細かに記憶している。この店のふたごのマスターは、いずれもプロである。主にそのためであろう(主でない理由として、わたしが酔っ払っていたということもあるけれど)、わたしは何の違和感もなく、ずっとその店のマスターをひとつの人格として認識していた。

しかし、そういうことなら一度ふたごがともにカウンターの向こうに登場してもよいと思う。わたしの知る限り、ふたりのマスターが揃って現れることがないというのも、この店の風変わりなところだ。

 

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