マルシャル・ゲルー

20世紀フランスを代表する形而上学者と言えば、(ベルクソン以外は)マルシャル・ゲルーを措いて他にない。デカルト、スピノザ、ライプニッツと対峙して、あれほど独創的な成果をあげることができた人はゲルーだけである。その上彼はマルブランシュ、バークリー、マイモン、フィヒテという、それぞれ普通は一生を賭して研究される哲学者たちの思考を大胆に横断してしまう。日本では『現代デカルト論集Ⅰ』(勁草書房)に、『デカルト形而上学と理由の順序』の序文(「理由の順序」と訳出されているのはl’ordre des raisons である)と、「神の実在証明における知識の真理と事物の真理」の二論文が訳出されているくらいで、日本語版Wikipediaにはその項目さえない。ドゥルーズ『差異と反復』他にいくつかゲルーの論文が引用されていることが、その名を一部の研究者と読書家に知らしめているわずかな理由であろうか。昨年来の時ならぬ(intempestif)ドゥルーズ・ブームも、蓋をあけてみれば愚著が並んだだけという惨憺たる日本の知的状況を変える方途は、ドゥルーズの屋台骨とも言うべきゲルーへの正当な評価と、その証としての彼の主著の邦訳しかない。

 

カテゴリー: 哲学   パーマリンク

コメントは受け付けていません。