これはジョークではない

パノフスキーが美術史におけるマニエリスムの特徴としてねじれた身体の形象をあげたことには意味がある。音楽史にマニエリスムを見出すとして、パノフスキーが指摘した身体のねじれに相当するものは何だろうか。

先のエントリー(音楽のマニエリスムについて)で、わたしがモーツァルト晩年の様式をマニエリスムの事例としたことについて、様式の歪曲、ねじれの端的な表現は何かと問う人に尋ね返したい。音楽の場合、マニエリスムの規範はルネサンス様式の集成ではなく、すでに何層もの襞が畳み返されたバロックである。ねじれたものをねじるとまっすぐに見えるのではないだろうか。それこそがモーツァルトの“ねじれ”なのでは?

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