バザンVSスターリン

アンドレ・バザンがソヴィエト映画を通してスターリンをおちょくる手際には大いに笑える(「ソヴィエト映画におけるスターリン神話」、邦訳『映画とは何か Ⅱ』に所収。引用は小海永二訳)。

こんな風に始まる。
「ソヴィエト映画の独自性の一つは、同時代の歴史的人物のみならず、現存する歴史的人物をも登場させるその大胆さにある。この現象は、新しい共産主義芸術が持つ論理から導き出されてくるものだ。というのは、その共産主義芸術は、ごく最近の歴史を――その創造者たちがまだ生きているような最近の歴史を――賞揚しようとするものだからである。」

もちろん著者は、「新しい共産主義芸術」なる代物を認めていない。この論文(初出=「エスプリ」誌、1950年7・8月合併号)は発表されるとすぐ当時のフランス左翼陣営からの猛反撃にさらされることになるが、著者は『映画とは何か』への再録にあたって当初の内容を修正することなく、後述するように、さらに面白おかしいエピソードを添えている。よほどこの論文が気に入っていたに違いない。

当時のソヴィエト映画の理論的支柱と言えば、ジガ・ヴェルトフのリアリズムであり、この理論に従う限り、現存する著名な人物を職業俳優が演じる映画というのは理解しがたいとまずバザンは皮肉る。ハリウッドやフランスの映画で存命の人物をあえて俳優に演じさせるとすれば、それはもっぱらスターやスポーツ選手などのケースにおいてであり、その目的は他でもない、伝説を作ることである。そもそも政治家がその生涯において演じる役回りは多面的であり、生前にその人の業績を一義的に語ることはできないのであって、一般に伝説を作る上でも政治家の業績を語る上でも、西欧においては死という契機が重要である。まあこのような批判は唯物史観に乗っ取れば個人のうちに体現された歴史を理解しないブルジョワ的な思考の産物ということになるだろうが、とバザンは敵の論法を先取りして言う。

彼の舌鋒がさらに鋭くなるのは、「スターリングラード戦」や「第三の打撃」といった、戦争を記録映画風に描いた作品を取り上げる時である。戦闘場面の描写は「グリフィスの『国民の創生』以来恐らく他に較べられるもののないような詳細さと正確さとにまで達しているにも拘らず、それはファブリスがワーテルローの戦いについて思い描いた幻想にも等しい」。なぜかと言えば、これらの戦闘場面の意味を規定するのは、次のようなスターリンの姿を描いた場面だからである。彼は一度も戦場を訪れることなく、クレムリンに留まって一人じっと瞑想にふけりつつ、神のごとき英断によって戦闘を指揮するのだ。「単に存在論的なと呼ぶしかない属性、つまりスターリンは全知全能であり、絶対に誤りを犯すことがないという属性が、はっきりととらえられる。」バザンはここで映画におけるもう一人の著名な全能のキャラクター、ターザンを取り上げ、二人を描く映画をこのように比較している。「スターリンとターザンの唯一の違いは、ターザンを主人公とする映画は記録的な厳密さを持っていると自惚れてはいないという点だということを、わたしはあえて主張したい。」

俳優ではなくホンモノのスターリンの映像が登場する記録映画はもちろん存在し、それらも現存する政治家の栄光のために利用され得るが、記録映画の映像にはそれ自身のリアリティがあり、それゆえに描かれた政治家の栄光なるものはあいまいなままに留まる。レニ・リーフェンシュタールの「意志の勝利」はヒトラーを擁護するものであるとしても、その映像は「反・ナチズムのモンタージュ映画の中に利用することもできるのだ」。スターリンを伝説化しようとするソヴィエト映画との違いはここにある。

「レーニンの彼の霊廟内でのミイラ化と、スターリンの死者としての取扱い、つまり《生きているレーニン》としての取扱いとは、こうした終りの始まりを示していた。レーニンの遺体の防腐保存は、スターリンの映画によるミイラ化に劣らず象徴的である。スターリンの、映画によるミイラ化は、スターリンとソヴィエト政治との関係には、もはや偶然的な要素も、相互依存的な要素も全然なく、一言で言えばふつう《人間的な》と呼ばれる要素は全然なく、『人間』と『歴史』の漸近線はもはや超えられているということを、意味している。スターリン、それは肉体を持った『歴史』に他ならない。」

『映画とは何か』に収められた諸論文で、バザンはしばしば高度なつなぎによって「創作された」記録映画に言及する(たとえばフランク・キャプラの戦争記録映画について論じた「『われらなぜ戦うか』について」や、「すべての午後の死」における「闘牛」など)。「われらなぜ戦うか」の場合のように、断片的なフィルムをつないであたかも連続した実写映像であるかのようにみせかけることが、プロパガンダを目的に行われることに彼は批判的だ。同様に、スターリンを描いたソヴィエト映画に対する彼の攻撃も、イデオロギー的なものというより、映画のリアリティに関わる美学的かつ倫理的判断に基づくものと見るべきである。

『映画とは何か』のこの論文の補遺には次のようなフルシチョフの証言が引用されている。ソヴィエト史研究にとっても貴重な内容なので引用しておこう。

「驚くべきことは、スターリンが遂にはスターリン神話の映画を通して、ソヴィエトの現実についての資料を集めるようになっていた、ということだ。われわれにそのことを立証してみせたのもフルシチョフだった。すなわち、スターリンは1928年以来農村に足を踏み入れたことは一度もなく、『彼が田畑や農業について知っていたのは映画を通してだった。それらの映画は著しく現実を美化していた。沢山の映画が、七面鳥や鵞鳥の重さで食卓の倒れる場面の見られるような調子で、コルホーズの生活を描きだしていた。もちろんスターリンはコルホーズの生活が本当にそのようなものだと信じていた』というわけである。」

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