系図について

跡を継ぐものがいなければ系図は続かないので、婚姻以上に出生または養子縁組が系図の推進力である。婚姻という系図上の大きなイベントも、子孫の継続という見込みがあってこそ意味を持つ。

系図の興味深い点は、それがいくえにも分岐する時系列上の連続的展開であるように見えて、進化論的樹形図の理念型とはまったく異なり、随所に離接的なリンク(たとえば、婚姻の結果誕生した嫡子であるかのように記されていても実は不倫の賜物であるとか、迎え入れられた妻が事実としては父親の妻であったとか)が紛れ込むことである。系図とは共同体における過去物語の一形式であり、しかもできごとのほとんどを記述できない不完全さこそが独自の形式をかたちづくる欠陥品である。

聖書にせよ『百年の孤独』にせよ、いかにして子孫が継続し途絶えたかという離接の物語である点が面白い。○○サーガと題されるようなファンタジー作品が結局系図によって要約され、かつそれで十分といった結果になるのも、この古い形式の呪縛ゆえなのだろう。

 

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