ニコラス・ブレイク『死の殻』

ミステリを題材に書くのはやっかいだ。その作品を多くのかたに読んでほしいと思うならネタバレは禁物であり、論じたい事柄に言及するために回りくどい書き方をしなければならない。

ニコラス・ブレイク『死の殻 Thou Shell of Death』(1936)は紛れもない傑作であり、邦訳は現在品切れ状態のようではあるが、版元の東京創元社の判断次第で再刊できると推測するので(再刊すべきである)、今後の読者の興をそぐ真似は控えることにする。

この作品をわたしが取り上げたのは、ナボコフ『青白い炎』との関連においてだった。ナボコフが本作に大きな刺激を受けて『青白い炎』を書いたことは間違いないとわたしは考えている。

その根拠の数点だけ列挙しておきたい。

1) 『死の殻』のファーガス・オブライエンとジョン・シェイドの間の見過ごすことのできない性格と容貌の共通点。

2) 『死の殻』の著者ニコラス・ブレイク(=セシル・デイ・ルイス)は、「後向きの足跡の事件」をヘーラクレースの12の冒険から採っており、モーリス・ルブランの「雪の中の足跡」から独立に本作を構想したと考えられること(おそらくナボコフもルブランの方は読んでいないのではないだろうか)。

3) ナボコフが『青白い炎』27行で「シャーロック・ホームズ」と記したのは、たんに「ミステリ」の換喩であったと考えることもできること(27-28行が疑問文であることからみて、これは無理な解釈ではないと思われる)。

4) 『死の殻』の随所に現れる英国の詩人たちの引用。これは『青白い炎』のキンボートの記述の仕方と一致している。

5) 飛行機とそこからの降下(パラシュートを用いる場合とそうでない場合)のモチーフ。これが二つの作品の核心であることは言うまでもない。

6) ナボコフが “Alice in Wonderland” をロシア語に翻訳し、かつアリスとアナベル・リーを主題に『ロリータ』を書き、一方ニコラス・ブレイクが1940年に“Malice in Wonderland” を書いたという紛れもない事実。

 

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