ゲーテ「聖なる憧れ」

ダニエル・シュミット『人生の幻影』(1983, タイトルはダグラス・サーク最後の長編劇映画 “Imitation of Life” に由来する)のラスト近くでサークが暗唱する詩は、ゲーテの『西東詩集』に収められた「聖なる憧れ」( “Selige Sehnsucht”)である。
わたしはこの詩のテクストの成立事情についてまったく知らない。Webで原文と訳文を検索すると、サークが読んだ最終連を含むものと、それをカットして「死して生きよ」を含む連で終わっているものの2種がある。
最初ここでは大山定一の訳文(「媾合歓喜」)を引用しようとした(わたしが所持しているゲーテ詩集の唯一の翻訳だから)。しかし、こちらは最後の連だけでなく、「死して生きよ」の連もこの一行を除いて割愛している。どうしてこうした相違があるのかわからないが、このエントリーではあくまでサークが暗唱した通りに訳文をあげておく。「死して生きよ」までは大山訳、最後の2連は拙いけれども原文に忠実に、また大山訳のリズムをできるだけ壊さないように補った。最後の連は、私見ではこの詩のテーマとは無関係だが、サークがこの部分を含めて愛唱していることを重視した。

賢者のほかは、誰に告げてもならぬ。
ただ凡俗は嗤うだけだろう。
焰にやかれて死をねがう
生きものの切なさを、わたしは歌うのだ。

おまえがつくられ、そしてまた、おまえがつくる
すずしい夏の夜の愛のいとなみ。
しかし、蝋燭の灯がしずかにまたたくとき、
ふとあやしい思いがおまえを捕える。

おまえはもはや暗黒の片すみに、
ひとりじっと身をささえることができぬ。
あたらしい欲情が、
より高い結婚へ、はげしく心をかりたてる。

どのような遠さも、おまえを隔てはせぬ。
おまえは引きよせられ、呪法の輪のなかに縛られ、
やがて、夜の蛾よ、おまえは灯にとびこんで、
わが身を灼いてしまうのだ。

死して生きよ!
これを会得しないかぎり、
おまえは昏い大地の
物憂い客人にすぎぬ。

一本の葦も才覚をあらわし、
諸世界をよろこばしいものとする!
だからわたしの葦の筆にも
愛らしいものが流れ出て来ますように!

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