越境と映画

越境するということが、たんなる抽象概念としてでなく映像を伴う記憶としてわたしたちのもとにあるのは映画(実録であれフィクションであれ)のおかげである。もちろん戦争と貧困が現実にその渦中に置かれた人たちにもたらしている越境の経験を忘れることはできないが、一方には越境がたかだか旅の過程でしかない立場の人もいる。後者にとって、亡命や命がけの越境というほんとうは万人にいつ起きてもおかしくない経験を「あらかじめ想起」する契機として、映画は一定の役割を果たすだろう。

第二次大戦後の映画史は越境を描く歴史であったと言ってよい。なかでも執拗にそれを描いた作家といえばアルメンドロスであり、彼の映画を経験した人は、亡命や命がけの越境を描いた他の作家の作品を見るたびに、それらの映像をほとんど無意識のうちにアルメンドロスのそれと関係づけてしまうほどだ。たとえば『エレニの旅』の冒頭、亡命者の群像を捉えるロングショット、『エレニの帰郷』の検問所と空港の透視カメラのショットなどの越境シーンは、アンゲロプロス作品の想起がそこから始まるほどの喚起力を備えている。

戦後のギリシアが辿った歴史が、あのように忘れがたい越境の映像を映画に刻みつけたという事実は、映画を政治史において見る/映画を通して政治史を読む必要をあらためてわたしたちに教える。しかしそれは本題ではない。第二次大戦後の政治状況が引き直した国境線のひとつに東西ドイツを分断したそれがある。戦後ドイツ映画がこれを主題化したりモチーフに用いたりしないはずがない。先だって企画されたヘルムート・コイトナー特集(6月30日-7月4日、ドイツ文化会館ホール。主催アテネフランセ文化センター、ゲート・インスティトゥート東京)で上映された作品を参考に、ファスビンダーからペッツォルトに至る越境の主題をふりかえってみたい(コイトナー特集で上映された作品の解説はアテネフランセ文化センターのサイト http://www.athenee.net/culturalcenter/program/ka/kautners.html から見ることができる)。

ヘルムート・コイトナーは1939年に映画監督としてデビューし、戦時は『グローセ・フライハイト7番地』(Grosse Freiheit Nr.7, 1943-44. 主演のハンス・アルバースが作中で歌うハバネラ「ラ・パロマ」で知られる)に代表されるメロドラマを主に撮った。この作品の主人公は元船乗りで、港町ハンブルクのキャバレーの歌い手になっていたが、知り合った若い女への片思いが破れ、再び海へ戻る。マドロスを描いた作品の定型といえばその通りである。ただし、戦後のコイトナー作品を特徴づけるのは境界と越境の主題であり、恋破れた後主人公が海に戻る行為を越境の一例とみなせば、すでにこの作品にも同じテーマが登場していると言える。

見逃してしまって痛恨の極みなのだが、『最後の橋』(Die letzte Brücke, 1953-54)という戦後の作品には次のようなシチュエーションがある。「ドイツ人の女医ヘルガは、バルカン半島の野戦病院でユーゴスラヴィアのパルチザンに誘拐される。敵と味方の間にかかる橋に象徴される揺れ動く心を、マリア・シェルが感動的に演じる」(先のアテネのサイトから引用)。見てもいないのに想像で書くのはいけないけれども(ごめんなさい)、この紹介文およびコイトナー特集のチラシに掲載されている橋のショットの映像からつい連想してしまうのは、やはり第二次大戦末期を舞台とするファスビンダー『リリー・マルレーン』(Lili Marleen, 1981)の、スイス・ドイツ国境にかかる吊り橋のシーンだ(スイス側で待ち受けていたパルチザンがドイツ側に現れたナチと捕虜の交換をする緊迫した場面)。コイトナーは戦後ドイツのメロドラマの巨匠として知られるが、『リリー・マルレーン』というドイツ流メロドラマの王道を行く後世の作品に、サークに代表される洗練された様式とは趣きを異にする、登場人物を引き裂く橋のイメージが現れる理由のひとつとしてコイトナー作品をあげるのは、裏づけを欠く仮説に過ぎないにせよ意味があると考える。

自分の目で見て考えたことに戻る。1955年の『雨の夜の銃声』(Himmel ohne Sterne)は、東西ドイツ国境が鉄条網と警備隊によって整備されつつあった50年代を舞台にしている。注目すべきはこの「国境整備が進む過程」というシチュエーションである。歴史を振り返ってしばしばわたしたちは、東西ドイツ国境が一夜にして引かれたかのように考えがちだ(ベルリンの壁からの類推も働いてしまうのだろう)。しかし、あれだけの距離の新規の境界をそんなに簡単に整備するのは不可能であり、一定期間(ドイツの場合は50年代の初めまで)、断続的に国境にほつれや破れがある中途半端な状況が継続するのである。本作品はこの暫定的な状況を見事な手法で取り上げている――まだ鉄条網が敷き尽くされていない国境によって東西に隔てられた町に別れて暮らす恋人が、危険は伴うにせよ監視の目をかいくぐり何度も越境するさまを描くのだ。冒頭のナレーションに「まだ国境が完成していないことに由来する希望こそが悲劇の理由だった」という趣旨の一節がある。恋人たちは近く西の町でいっしょに暮らすために、多くの難局を切り抜けようとしているのだが(東側で暮らす女には前夫との間の子と老いた両親とがあり、彼らを無事に越境させる手はずが必要)、もし国境が完成してしまっていたなら、こういう夢さえ抱けなかったはずである。彼らがつかの間の逢瀬を重ねる場所は国境線に近い廃線の駅舎だ。崩れかかった駅舎(近所の者が干し草置き場にしている)、どこにも続かない鉄路、人が寄りつかない森、警備隊員が銃を構える武装地帯などを越えていく恋人たちの憔悴した姿を捉えたショットとシークエンスは、越境の映画的な表現に忘れがたい記憶を刻み込んでいる。

ペッツォルトの新作をあえてメロドラマの系譜に位置づけることを試みた先のエントリーで、わたしはメロドラマを目指していない作品に入り込んでくるメロドラマ性を取り上げた。『雨の夜の銃声』については、メロドラマの定型である恋の妨害の表現が、未完成の東西ドイツ国境というシチュエーションを通じて越境の主題と結びつき、この主題を持つ特別な作品を形成したことを指摘しなければならない。(つづく)

 

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