クルーゲ「愛の実験」(Ein Liebesversuch)

ペッツォルトが『あの日のように抱きしめて』を撮る上で強い刺激を受けたと証言しているクルーゲの短編「愛の実験」(Ein Liebesversuch, 1998年)は、グラフィック・デザインを施されたカラー字幕の連続的なカットと、時おりその間に挟まれる僅かな映像(写真と動画)に、音楽(無調のピアノ曲、クラブミュージック、スター・ウォーズ組曲)を組み合わせた13分弱の作品である。Edition Filmmuseum から出ている2枚組DVD “Abschied von gestern & Gelegenheitsarbeit einer Sklavin”(『昨日からの別れ』/『定めなき女の日々』)に収められている。CD-ROM所収の英訳を参考に字幕を訳出してみた。文と文の間に接続詞がほとんどないのは、カットごとに文が荒々しく分断され、一画面がたいてい数文字で構成されているからである。強制収容所で実験を行なったスタッフによる報告書という体裁を取っているが、各ショットはロシア・アヴァンギャルドのポスターのようである。

「1943年の調査報告書によれば、強制収容所において集団不妊処置を実施するもっとも低コストの手段は、X線の使用である。生殖不能が持続するかどうかは不確定である。われわれは実験のため、男女の囚人をいっしょに収容した。他の独房より広い部屋が使われ、カーペットが敷かれた。性交のためにしつらえられた部屋で囚人たちが実験の要求に応じるという希望はくじかれた。彼らは不妊に気づいていたのだろうか? ありそうにない。ふたりの囚人はカーペットを敷いた快適な部屋の反対側に座っていた。観察用の覗き穴を通してでは、連れて来られてから彼らが言葉を交わしたかどうか不明である。覗き穴を見る受け身の姿勢は望ましくない。トップランクの客も実験を見学に来る意向を持っていたのだから。実験進捗のため、医師と責任者は囚人たちに服を脱ぐよう命じた。被験者は恥ずかしがっていたか? 確言はできない。裸にされても彼らはだいたい前と同じ位置にいて、眠っているように見えた。「彼らをちょっと起こしたいな」と医師が言った。レコードが運ばれた。覗き穴を通して、はじめはふたりとも音楽に反応するのがわかったが、すぐに無関心な状態に戻ってしまった。被験者たちが始めることが不可欠なのだ。そうなってこそ、目立たないように誘導された不妊処置法が長期間有効かどうかを明らかにできるのだから。チームのメンバーは独房のドアから数ヤード先の通路に待機していた。たいてい彼らは静かにしていた。小声で話すよう指示されていたのだ。観察者ひとりが覗き穴から様子を窺っていた。囚人たちは自分たちが本当にふたりきりだと信じるよう仕向けられねばならない。にもかかわらず、独房はエロティックなテンションを欠いたままだった。スタッフはもっと小さな部屋の方がよいのではないかと考えたほどだ。被験者は注意深く選ばれた。報告書によれば、被験者は互いに相当エロティックな関心を抱いてよい。どうしてそう言えるのか。J(ブラウンシュヴァイクの役人の娘、ユダヤ人、1915年生まれ、28歳、アーリア人種の男と結婚、大学入学資格取得、美術史専攻)は、ニーダーザクセンの町Gで、男性被験者P(1900年生まれ、無職)と愛人関係にあった。JはPのせいで、ユダヤ人である彼女を保護しただろう夫を捨てた。彼女は愛人を追ってプラハへ、ついでパリに行った。1938年、ついにPは帝国領内で逮捕された。数日後、JはPを探しに帝国内に現れ、彼女も逮捕された。ふたりは刑務所でも収容所でも何度か会おうとした。だからこそわれわれは失望したのである。ようやくチャンスがめぐってきたのに、彼らはそれを望まなかった。彼らは従順ではなかったのか? おおむね言うことを聞いた。つまり従順だった。栄養状態はよかったか? 被験予定者は実験開始のかなり前から適切な栄養を摂っていた。さて彼らは2日間同じ部屋で横になったまま、近づこうともしなかった。卵から作ったプロテイン・ドリンクを与えたところ、囚人たちはよく飲んだ。ヴィルヘルム研究班リーダーがホースで彼らに放水した。凍えた彼らが快適な部屋に連れ戻されても、暖をとる必要から抱き合うことはなかった。自分たちがさらされていると感じたモラルの欠如を恐れたのだろうか? 彼らはモラルの正しさをテストされていると考えたのだろうか? 収容所の死の運命が彼らの間に立ちはだかったのだろうか? 受胎すればふたりの体は解剖され、実験材料にされると気づいていたのだろうか? 被験者が気づいていたとか、疑っていたことさえなさそうである。責任者たちは彼らが生還できると繰り返し言い聞かせた。わたしの見るところ、彼らはそれを望んではいなかった。この目的だけに来ていたA・ツェルプスト研究班長と部下たちは失望したが、「実験」は失敗だった。というのも、強制を含めてどんな手段も積極的な結果をもたらさなかったので。われわれはふたりの体を押しつけて何とか肌を接触させ、徐々に体温が上がるようにした。アルコールで拭いてやり、卵入り赤ワインや肉やシャンパンを与えた。照明も調節した。しかしどんなエロティックな興奮ももたらさなかった。本当にあらゆることを試しただろうか? わたしはすべてを試したことを保証する。われわれのもとに経験豊かな研究班リーダーがいた。彼はふつうならうまくいくあらゆる方法を少しずつ試した。結局われわれは自らそこへ踏み込んで、いちかばちか試すことはできなかった。なぜならそれでは人種犯罪になっていただろうから。われわれが試みたどんな手段もエロティックな興奮を引き起こさなかった。われわれ自身が興奮していたのだろうか。部屋の中のカップルよりもたしかに、少なくともそう見えた。しかしながら、それは規則に反していただろう。だからわたしはわれわれが興奮していたとは思わない。おそらくいらいらしていたのだ、何もうまくいかなかったので。“もしわたしがあなたを愛してあなたのものになるなら、今夜わたしのところに来てくれる?” 被験者に積極的反応を誘導する方法は絶対にない。かくして実験は結論を出すことなく中断され、後に他の被験者を使って再開された。被験者たちはどうなったか? 反抗的な被験者たちは銃殺された。不幸のある地点まで来ると、愛はもう成し遂げられないということなのだろうか?(Soll das besagen, daß an einem bestimmten Punkt des Unglücks, Liebe nicht mehr zu bewerkstelligen ist?)」

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