溝口健二『わが恋は燃えぬ』(1949)

ペッツォルトの新作について書いたときにうっかり忘れていたが、あの映画の中で形成外科医がニーナ・ホスの鼻の手本にしたのは(1945年の時点ですでに時代遅れになっていた)女優ツァラー・レアンダーであり、ホスの麻酔時のカウントダウンについて同じ外科医が言及する「ドイツ映画」とはフリッツ・ラング『月世界の女』(1929)のことだ。ちなみにレアンダーの代表作『世界の果てに』(1937)と『南の誘惑』(1937)を撮ったのはダグラス・サークである。せっかくサークとペッツォルトを関連づけたのに、これに触れるのを忘れたのは少し悔しい。

さて溝口の40年代作品ツアーは『わが恋は燃えぬ』(1949)まで来た。脚本に新藤兼人が参加している。わたしはこの人が苦手だ(台詞回しも人物の造形もぎこちなく、映画が人形芝居のようになるので)。新藤は『歌麿をめぐる五人の女』DVD 付録のインタビューにおいて、敗戦直後の溝口の試行錯誤について語っている。これを見ると、『わが恋は燃えぬ』の脚本で師匠を振り回したのはどこのどいつかと問いたくなる。それはともかく映画そのものは素晴らしい。新藤のシナリオの突拍子のなさを、溝口は例の鮮やかな映像処理によって楽しめるものにしているからだ。

本作品は映像の題材の特徴からいえば女囚物であり、戦後映画におけるこのジャンルの先駆をなしている。前作『夜の女たち』のラスト、街娼グループから抜けようとする田中絹代と義妹への制裁とグループ分裂の描写は、本作の女子刑務所の群像描写に引き継がれ、妹分役が水戸光子になったことで新たな魅力を加えている。

おそらく新藤の案でシナリオの核心となった菅井一郎の田中に対する裏切りのモチーフは、田中・水戸・菅井が出獄後の新居で対面する場面で、溝口の手によって完全に三角関係物のそれに翻訳されている(この場面で三人に何かが起こると感じない者はいないと言えるほどにあからさまだ)。舞台となる日本家屋は戦前の作品から『歌麿をめぐる…』を経由してきたものであり、結局それが『西鶴一代女』にまで持ち込まれる。映画作家のカンとはこういうものなのかもしれない――脚本が何であれ描くべきものは描くということ。

ラストシーンもわたしには合点のいくものだった。もっぱら田中と水戸の抱擁の映像を捉えることをねらっているという点において。新藤の中途半端なアイデアのおかげで、せっかく『夜の女たち』が切り開いた境地が再び戦後民主主義の皮相なプロパガンダに戻りかねない局面を、溝口の映像センスがみごとに切り抜けたと言うべきだろう。

彼の映画にはたしかにリアリズムと呼んでよい特徴がある。しかしリアリズムに留まる映画など存在しないし、仮にそんなものがあるとしても見るに耐えないだろう。たとえば個人の力では転倒しようのない支配体制の中で女がどん底に突き落とされ、虐げられた女が絶叫すれば、それはリアリズムなのだろうか? あるいはそのような体制を「ありのままに」告発すれば? 溝口はそんな描写に留まって何かができるとはさらさら考えていなかった。彼のリアリズムは様式(たとえば田中絹代の恐るべき演技)をもっとも伸びやかに表現するようなリアリズムである。映画のリアルとは映像の力をおいて他にない。この観点から見ると、『わが恋は燃えぬ』が『夜の女たち』から確実に受け継いだものがある。そしてそれこそが『西鶴一代女』に流れこむ溝口作品の水脈を作っている。

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