オフュルス『歴史は女で作られる』(シネマテーク・フランセーズによるデジタル修復版)

遅ればせながら、オフュルス『歴史は女で作られる Lola Montès』(1955)のシネマテーク・フランセーズによるデジタル・リマスター版(2008)を、紀伊國屋書店のDVDで見ることができた。

作品の紹介は公式サイト他に譲る。08年のリマスター版はわたしの記憶していた『歴史は女で作られる』とはまったくの別物に感じられる。冒頭、シャンデリアがサーカスの舞台の天井から下がってくるのを追ってカメラも下降し、2階のオーケストラボックスを経て1階まで来ると、幕が開いて団長のピーター・ユスティノフが登場する。ローラ・モンテスの一生を描く今夜のショウについて、派手な口上を述べながら彼は左手に進み、向い合って並んだサーカスのジャグラー少女たちの列の間をそのまま画面手前へ縦に移動する(直後のユスティノフの口上を含めて冒頭からワンカット)。ユスティノフが鞭で合図すると、サーカス団員たちに先導されて舞台左手から馬車に乗ったローラ・モンテス本人(もちろんマルティーヌ・キャロルが演じるところの)が登場する。これら一連のショットの輝かしさと流麗さのせいで、機械仕掛けの人形のようなローラの凍りついた表情と、舞台の猥雑な雰囲気が生々しく浮かび上がる。

DVDとリーフレットには、どんな素材を使ってどう修復したのかについて詳細は記録されていない。しかし結果から見れば、この修復版が「完全版」を謳う資格は十分にあると思う。いま記した冒頭の場面にはずっと楽団が演奏する音楽が流れており、同じ音楽(本作品のテーマ)はタイトルでも別のアレンジで流れていた。この音響もまた素晴らしい。ローラのショウは、観客から質問を受け、彼女が答えるアトラクションから始まる。円形舞台をぐるっと取り囲む客席から響いてくる質問と、それに答えるローラ(カメラは彼女を中心にゆっくり回転する)および団長の声が交錯するこの場面の音響も、みごとに修復されている(ローラと団長は質問の合間に小声で彼女のコンディションについてやりとりするのだが、その声も明瞭に捉えられている)。

場面転換でのオーヴァーラップや、回想シーンからサーカスの舞台へ戻る際の色調のコントラストも、これならオフュルス本人も納得するだろうという自然さで仕上がっており、オリジナル版が公開されたときのトリュフォーやリヴェットの驚きの理由がようやくわかって感激してしまった。

本作品は映画が表現の一つの可能性を極めつつあった50年代に、それまでの成果を取り込み、かつ従来とは異なる映画の可能性を切り開いた作品である(と偉そうに書いているが、これが腑に落ちたのは今日)。というのは、映画全編がサーカスのショーの進行を忠実に辿っているため、あたかもスペクタクルについてのドキュメンタリーを見るかのようである(それはシネマスコープの画面、長回しの映像、そして音楽と音響の交錯によって効果的に表現される)一方、回想場面におけるローラのスキャンダルの描写と、現在時のサーカスの描写(こちらのローラは多数の観客と団員のむき出しの欲望の対象となっており、同時に彼女はショーの中心に置かれた機械人形という役割を自分の意志でこなしていく)の交替を通じて、わたしたちはローラ・モンテスというキャラクターの解剖に立ちあってもいるからである。初期映画の出発点にあったスペクタクル性を、成熟した書法に取り込み、かつドキュメンタリーとドラマ双方の様式を一貫したカメラワークで見せるという離れ業は、映画の新しい表現方法の開拓と言っても言い過ぎではない。

将来のヌーベルバーグの担い手たちは55年に公開されたオリジナル版を見ている。ところがパリでの初公開は興行的に失敗したため、監督が休暇に出かけた隙を突いて、プロデューサーが勝手にフィルムを改竄してしまうのである。オフュルスは激怒したが、彼の死(57年)までにオリジナル版の修復はならず、08年のシネマテーク・フランセーズによるデジタル修復版が公開されるまでは、68年公開の部分修復版が日本を含めて流布していた。

ファスビンダー初期のいくつかの作品には、「ローラ・モンテス」の看板を掲げる、少しいかがわしげなクラブやカフェが登場する。実在したモンテスがミュンヘンと密接な関わりを持ったこと(バイエルン王ルートヴィッヒ1世とのスキャンダルは映画でも主要なエピソードとなる)も背景にあるが、やはりオフュルスへのオマージュと見るべきだろう。そして先に指摘した本作品の表現手法は、映画、演劇、オペラという様式をまたぐ作品を志向したダニエル・シュミットとヴェルナー・シュレーターを刺激したに違いない(彼らは68年修復版を見たはずである)。

08年のデジタル修復版は、このように映画史の画期をなし、いまもその力を失っていない作品を、あらためて映画制作のための契機として見るためにきわめて貴重である。今後も劇場での再上映を繰り返してほしいし、素晴らしいクオリティを持つこのDVDの継続的な販売を望む。

 

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