最初のメロドラマ(ピーター・ブルックス『メロドラマ的想像力』による)

ご承知の通り、メロドラマ論の先行研究として著名なのはピーター・ブルックス『メロドラマ的想像力』(Peter Brooks “The Melodoramatic Imagination : Balzac, Henry James, Melodrama, and the Mode of Excess, 1976)である。

このブログに掲載してきた映画の「ポスト・メロドラマ論」は、ブルックスの研究を参照してはいるけれども、ほとんどそこから刺激を受けていない。もちろんブルックスの射程はメロドラマを喜劇や悲劇と並ぶ表現形式として捉えた点で価値あるものだったし、たとえばメロドラマの起源に関する記述に見られる通り、資料的な意義も大いにある。以下彼が言及したメロドラマの起源を邦訳から引用する。

「メロドラマという言葉自体は、どうやら散発的に口にされていたようである。そもそもこの言葉はルソーが『ピグマリオン』(1770年)という「叙情的光景」を描写するさいに、はじめて使ったものである。『ピグマリオン』では、劇的独白の部分にパントマイムと、オーケストラによる音楽とが交互につけられた。最初の「真の」メロドラマを特定するのは事実上不可能である。今日の(意地の悪い見方をする)批評家アルマン・シャルマーニュは、キュヴリエ・ド・トリエの『悪魔のボヘミアン』(1798年)が最初のメロドラマだとしている。この作品は公式的には対話風パントマイムであると分類されていた。『メロドラマ論』のなかでは、ラマルテリエールの『悪党の頭目ロベール』(1792年)が最初のメロドラマだといわれている。この作品は一応「劇(ドラマ)」と呼ばれているものである。ピクセレクール自身は(1792年に書いた『裏切り者』といった作品を著した)セデーヌの定義する「抒情劇」に立ち返り、彼が1798年に書いた『ヴィクトル、森の子供』――もともとはファヴァール座のオペラとして書かれたものであったが、歌抜きでオーケストラの演奏だけをつけてアンビギュ・コミック座に移し替えられた――という芝居を「最初のメロドラマ」と呼んだ。のちの批評家たちは、次の作品が「最初のメロドラマ」であると提案した。メイヨール・ド・サンポールの『自然の門弟』(1781年の作品で、おそらく対話の部分のある最初のパントマイムである)。ブーテ・ド・モンヴェルの『幽閉の犠牲者』(1791年の劇(ドラマ))。ロエゼル=トレオガートの『悪魔の城』(1792年に書かれた英雄喜劇)。メロドラマの原形は明らかに1790年代に出現したが、シャルル・ノディエが述べるように、それ自体は1800年、『ケリナ』から始まったものであろう。」(邦訳 pp. 128-129)

【追記】 音楽におけるメロドラマについて関心をお持ちのかたがどれだけ存在するのか想像もつかないが、ドイツの初期メロドラマについては関根裕子「18世紀ドイツのメロドラマ」という論文がある(丸本隆編『初期オペラの研究』、2005年)。

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