『硝子のジョニー 野獣のように見えて』

蔵原惟繕『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(1962)を見たーー特集「恋する女優 芦川いづみ」(神保町シアター)。
幼い頃外国船に父を連れ去られてから心を病み、捨てられることに強い恐怖を抱くようになった少女を芦川が演じている。彼女は、いつか自分を救いに来てくれるジョニーという男を想像で作り出していたが、たまたま出会った宍戸錠をそのジョニーだと思い込み、いっしょに暮らすようになる。貧しい芦川の母の足元を見て、彼女を金で買い売春させていた男(実はこの男もかつて自分を捨てた女への復讐のために人身売買に手を染めた)の役はアイ・ジョージ(元歌手という強引な設定なので劇中で流しをやって歌ったりする)。芦川は売春宿から逃亡した後宍戸と出会うが、そこへアイ・ジョージが彼女を連れ戻しにやってくる。
三者がそれぞれの事情で追い詰められ、バラバラになって、また接点を見出しそうになりつつ結局かなわないという過程を、不条理劇的なシナリオと映像で見せる。62年の日活作品ともなると、もうヌーベルバーグはお手のもので、ハンディカメラで人物を追ったり回りこんだりするショットが板についている(カメラは間宮義雄)。逃走した芦川が汽車に飛び乗る夜の停車場や宍戸が出入りしている競輪場、アイ・ジョージが自分を捨てた女と再会する小樽の夜、ラスト近く、芦川の手前ギリギリのところで停止するSL、冒頭とラストの稚内の海など記憶に残るショットがたくさんある。
自分の置かれた状況をどこまで把握しているのかわからないふうの芦川いづみのしぐさと表情は、『風船』の珠子に通じるけれども、『硝子のジョニー』の芦川は、自分に降りかかる災いをなす術もなく甘受する。せっかく見つけたジョニーも勝手な都合で去ってしまい、彼女はなんとアイ・ジョージを次のジョニーにしてしまう。『バルタザールどこへ行く』の神学的な主題を読み取ることもできるかもしれないと一瞬出来心を抱くものの、シナリオはそんなに詰めて書かれてはいないので振り捨てる。黛敏郎の音楽はやはり面白い。
ところで神保町シアターの奥の壁には、今週から芦川いづみが出演した全作品リスト(年代順)が掲げられている。芦川の切り抜きを配した手づくりである。その本数は何と100本近くになる。軽々しく芦川ファンを自称すると、鬼のような本物に一喝されるだろう。くれぐれもご用心を。

カテゴリー: 映画, 芦川いづみ   パーマリンク

コメントは受け付けていません。