「柴田南雄著作集」(国書刊行会)

『柴田南雄著作集Ⅰ』(国書刊行会、2014)を読んでいる。

1967-73年に出版された西洋音楽史についての4つの著作を集成したもので、当然大部だが、体系的かつ緻密な考察は今読んでも刺激的である。たとえばチャントから中世の諸形式を経てノートルダム楽派のオルガーヌムに至る『西洋音楽の歴史』第1章(中世の音楽)は、書かれた当時、まだ実演や録音で耳にする機会がほとんどなかった作品を扱っているにもかかわらず、音楽史に対する知的探究心と深い造詣、それにヨーロッパ各地の教会や音楽祭を巡った経験に裏づけられ、生き生きとした記述になっている。

著者は戦時中、東京石神井にあったカトリック公教大神学校の日曜ごとの歌ミサに一年間通い、教会暦に沿って、ポール・アヌイ神父の指揮によるチャントの歌唱を聴いたという。こういう情熱が、彼の記述を通して「耳で聴く」音楽の魅力を明らかにする。たとえばレオナンとペロタンのオルガーヌムの楽しさを再現しようとするとき、彼の言葉はこの形式についての精確な説明の合間に曲例を交え、読者に音源を聴かせているかのような臨場感で「響く」。

柴田南雄の名は、クラシック音楽の録音評などを通して記憶はしていたが、うかつにも彼の著作をきちんと読んだことはこれまで一度もなかった。本文だけでも700頁弱の「大著」となって甦ったこの著作集は快挙だ。チャント、典礼劇、トルーヴェール、ミンネザング、ノートルダム楽派のオルガーヌムなど、今なら良質の音源を聴くことができるようになった。それらのいくつかをお持ちの古楽ファンにとっても、なるほどと頷かされる記述は多いと思う。また日本の伝統音楽に触れた導入部の見解(謡曲、義太夫、長唄などは世界的に最高水準に達した音楽形式だが、ハーモニーとポリフォニーを持たない点で「閉じられた世界内での成熟の達成」であり、それは完全四度の枠をめったに外れなかったことに由来する)にも、この著作では追究されなかった彼の民族音楽観の片鱗がうかがわれて興味深い。

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