『東京マダムと大阪夫人』

形式に対する川島雄三の知性の働き方はすごい(まわりくどい言い方で申し訳ないが、「感性」と言いたくないので)。
今日は神保町シアターの特集「恋する女優 芦川いづみ」の最終日だった。この不世出の女優の映画初出演作にして、彼女を松竹歌劇団から引き抜いた川島雄三監督との最初のタッグ作『東京マダムと大阪夫人』を見に行った。
芦川いづみ特集は大成功で、第二弾も組まれるとのことである(涙)。情けないことにわたしは今回のラインナップの半分しか見ることができなかった。次回はもう少しがんばる。
さて川島雄三の形式に対する知性について。『東京マダムと大阪夫人』の実質的な主演は、夭折してしまった高橋貞二(『東京暮色』の「ラージポンポン」の人)だ。彼を取り巻くすべての人物がシンメトリーを形成するのに対して、高橋貞二は常にそれを壊す位置にいるーーこの構成が抜群に面白い。
舞台は東京に本社がある大企業の社宅なので、その社宅のお隣さんどうしである東京マダム=月丘夢路も大阪夫人=水原真知子も立場はまったく同じ。二人は隣家の夫の給料から小遣いまでその詳細を知っている。そもそも夫たちは職場でも隣どうしで、年かっこうも雰囲気も瓜ふたつである。
この作品の月丘夢路と水原真知子は双子のようで、後者の大阪弁(最近東京の社宅に移ったことになっている)がなければ区別がつかない。
物語は水原の弟(高橋貞二。航空機パイロット)が姉夫婦の留守に現れ、やむを得ず隣りの月丘が彼をもてなしてやったことから始まる。
月丘夢路は日本橋の由緒ある傘問屋の長女だ。二人の娘しか持たないこの店の頑固親父が店の暖簾を継がせるために、彼女を大番頭に嫁がせようとしたことに反発し、家を飛び出して今の亭主と恋愛結婚した。すると懲りずに、親父は月丘の妹を大番頭の妻にしようとする。大番頭と歳の離れた妹はやはり親父に反発し、月丘の社宅に飛び込んでくる。
この妹と、高橋貞二とがあれこれする話と言えば、諸賢にはもうおおかた見当がついたと思う。
もちろん月丘夢路の妹が芦川いづみだ。ほんとうにもうこのフィルムの芦川さんは素晴らしい。
しかし、いまはその話は措き、川島雄三の形式に対する知性に戻りたい。
月丘夢路と水原真知子とはたんに隣どうしというだけでなく、この映画では顔かたちまでそっくりで、さらに二人は互いに「均等」であることを求めるあまり、一方が洗濯機(当時の主婦には高嶺の花)をローンで買えば、他方もそれに追随する。二人は同じ井戸を洗濯用水として共有しているのだが、洗濯機(円筒形のさえない形態)に注水する際も、井戸を挟んで左右対称に並んでみせる(井戸の取水口が両家の庭を挟んで回転するので、大きなバケツのような洗濯機の間でその取水口の譲り合いになる)。
二人が喧嘩をすれば、会社で隣あっている彼女たちの夫も同じようにシンメトリカルに(映像上で実際に)やり合うし、それぞれの妻の喧嘩の原因が均等に(つまり二人とも栄転しない)消失すると、夫どうしもまた仲良くなる。
冒頭に、本作品の主人公が高橋貞二と書いたわけは、彼がこの対称性を壊すために現れるからだ。
月丘と水原が喧嘩したり和解したりする原因を作るのが高橋というだけではない。芦川いづみvs北原三枝のバトル(いわゆる恋の鞘当てだが、芦川が引っ込み思案なので、結局芦川に軍配が上がったあとも、失恋した方の北原が芦川と高橋の仲を取り持たなくてはならない)も彼に起因する。高橋を挟んだ芦川と北原のシンメトリーも、結局高橋によって壊される。
飛行場のシーン(『カサブランカ』のラストへのオマージュ)で、芦川と高橋がなんとか将来を誓いあうと、ようやく東京マダム(月丘)と大阪夫人(水原)の間に均衡が成立する(なぜなら後者の弟が前者の妹と結ばれるから)。ということは、高橋貞二に代わってアシンメトリーの核という「受難」を引き受けるのは北原三枝ということだろうか。
いや、もうひとつ交代がある。舞台となる社宅(ダックスハイツ)の仕切り役が、丹下キヨ子から高橋とよへと引き継がれるラストのできごとである。
冒頭のダックスープは『我輩はカモである』へのオマージュで、16mmの画質が生々しい。
うおおおおとしか言いようのない、川島イズム全開の傑作だ。芦川いづみがしょげて姉の家から実家に帰ってしまう浴衣のショットは、『風船』のラストを先取りしている。
【追記】書き忘れていたが、この作品にも『幕末太陽傳』ラスト近くの市村俊幸(千葉から来たお大尽)のジャンプカットに似た忘れがたいショットがある。月丘夢路から芦川いづみには好きな人がいると告げられるときの、父親役坂本武の「なに、あの子に虫が」というあれである(今日も観客は笑っていた)。こういう川島雄三の職人芸に惚れる。ハリウッドのスクリューボール・コメディといえばハワード・ホークスだが、川島雄三こそ日本のホークスだと思う。

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