アガンベンが語る「収容所」について

90年代のジョルジョ・アガンベンが、フーコー晩年の二つの生政治研究の系列の、暗がりにおかれた交差点を取り上げたことはよく知られている。すなわち、国家が個人の自然的生への配慮を引き受ける政治的技術(全体化)と、個人が自分を自己同一性の意識と権力行使に結びつける技術(主体化)の研究という(フーコーにおいては)別個の系列の交差点である。アガンベンによれば、主体化の技術と全体化の技術が触れ合う不分明な地帯を明るみに出すことは、フーコーの死によって妨げられてしまった。アガンベンが遂行しようとしたのは、まさにこのフーコーの未解決の課題の探究である(「権力の法的―制度的範型と生政治的範型のあいだの隠れた交点」に関わる探究)。

いまあげた課題への解答が『ホモ・サケル』に他ならない。ところでこの彼の最初の主著が書かれた時期のエッセイを集めた “Mezzi senza Fine”(1996、邦訳『人権のかなたに――政治哲学ノート』以文社;「ギー・ドゥボールの思い出に」捧げられている)は素晴らしい著作である。アガンベンはフーコー晩年の生政治研究の先駆としてハンナ・アーレントをあげる。ところがフーコーはアーレントに言及することはなかった。この空隙を縫うように、アガンベンは同書の最初の二章で晩年のフーコーと、アーレントの研究を取り上げる。これが先にあげた『ホモ・サケル』の課題と密接に結びついていることは明らかである(アガンベンは同書の序文でフーコーとアーレントの間の不可解な乖離を指摘している)。

“Mezzi senza Fine”(目的なき手段)というタイトルの趣旨は、「収容所とは何か?」「身振りについての覚え書き」「この流謫にあって――イタリア日誌 1992-1994」などをお読みになるとわかる。

「手段のない目的性は、これこれの目的との関連でのみ意味をもつしかじかの手段性と同等に、道を踏み外している。舞踏が身振りであるのは、逆に、舞踏がまるごと、身体運動の手段的な性格を負担しさらしだすということだからである。身振りとは、ある手段性をさらしだすということであり、手段としての手段を目に見えるものにするということである。身振りは、人間の〈間にあること〉をあらわにし、人間に倫理的次元を開く。しかし、ポルノ映画において、たんに他の者たち(あるいは自分)に快楽を与えるという目的に向けられた手段である身振りを遂行している人が、撮影され自らの手段性の内にさらけだされている、というだけの事実に不意をつかれる時、この人は手段性によって宙吊りにされ、観者にとっては、新たな快楽の手段になる、ということがある。」(「身振りについての覚え書き」邦訳pp.63-64)

わたしはこの著作を、進行中のわたしのシュレーター研究の一環として読んだ(フーコーからアガンベンに引き継がれている議論がシュレーターを論じる上できわめて重要であるというだけでなく、90年代のアガンベンの探究そのものが、シュレーターの制作と同期するものであるようにわたしには思われる)。そこからアガンベンの収容所論と生政治研究に出会えたことはうれしいことだ。彼は「この流謫にあって」で次のように述べている。「収容所とはまさしく、近代の端緒をなす場である。すなわちそれは、公的な出来事と私的な出来事、政治的な生と生物学的な生とが厳密な意味で不分明になる空間である。政治的な共同性から切り離され、剥き出しの生へと(さらには「生きられるに値しない」生へと)還元されてしまったために、収容所の住人は、実のところ、絶対的に私的な人なのである。しかし、この住人は一瞬たりと、私的なものの中に逃げ場を見出すことができない。まさしくこの不分明の様相が、収容所に特有の不安を構成する。」(邦訳p.126)

 

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