高尾

高尾(東京都)といえば、中央線快速の末端にして高尾登山の起点だ。ハイキング客が乗降する北口にはわずかに観光地らしい風情がある一方、南口は普通の住宅地で、マンションが立ち並んでいる。
最近までわたしは代々木に住んでいて、たまに中央線の西エリア(荻窪から吉祥寺あたり)へ飲みに出かけていた。東京では、代々木近辺の他は下町とこの西エリアが好きだ。中野、阿佐ヶ谷、西荻窪あたりなら電車も遅い時間まであり、終電に乗り遅れてもタクシーで帰ればよいのでつい長居した。しかし油断すると大変なことになる。一度荻窪からの帰途、終電近くの東京行きに乗って寝落ちしてしまい、折り返して終点高尾まで目覚めなかったことがある。うまい具合にそれが高尾行き最終だった。タクシーで帰宅したら二万円ほどになるだろう。早速ホテルを探すが、たまたま降り立った南口にはマンションが立ち並ぶばかりでカプセルホテルさえ見当たらない。実はこの時初めて高尾駅南口近辺を探索したのだった。
やむなくネットカフェに入店すると、受付はわたしと同じ寝過ごし客と思しき人たちで混み合っており、一階窓際オープンスペースのリクライニングシートが一つだけ空いていた。わたしはネットカフェのプライベートスペースの圧迫感が苦手なので、開放的な窓際は好都合。始発まで四、五時間漫画でも読んでいればいいのだから、カプセルホテルなんかに比べて快適な方かもしれない。
しかも隣りのシートには二十代半ばくらいのちょっと可愛いお姉さんがいる。「寝過ごしたんですか?」と聞くと、恥ずかしそうに頷くので「まあ、そうですよね」と早々に切り上げて漫画を物色に行く。帰ってくるとお姉さんはまだ起きているので、「眠れませんか?」と尋ねると、また恥ずかしそうに頷く。これはしつこすぎたかと反省し(嘘だが)、こちらもリクライニングを最大に倒して漫画を読み始めるものの、お姉さんが気になって集中できない。しばらくすると寝たようだが、どうせ狸寝入りだろう。けっこう飲んだ筈の酒も、高尾着の衝撃と深夜の宿探し、それに隣りのお姉さんのおかげで完全に覚めてしまった。
漫画は頭に入らず眠くもならず、またリクライニングシートでは寝返りもうてず、少しも快適なわけがないわいとヤケになっていたはずなのに、それなりに疲れが出たのかうとうとしてしまった。ふと隣りを見れば、いったい何を急いだのやら、お姉さんはすでにいなかった。もう少しのんびりしていてくれればいっしょに朝の電車で東京へ帰るなり、お茶の一杯も飲めたであろうに。もちろん、わたしが気軽に声をかけたのがいけなかったのだろう。ネットカフェで見知らぬ女性に話しかけるようなやつはどう考えても不審人物だ。しかし、わたしとしてはこちらが少しも口をきかないと、女性客には不安なのではないかと思えたのだ。
先ほど高尾で電車を乗り継ぎ、今は甲府に向かう列車の中だ。高尾はネカフェ以来だが、あの時は立ち寄らなかった北口に行って、待ち時間に天狗パンを食べた。きな粉クリームが入っている(風味はパターピーナツに似ている)。甲府まではフリーパスを使い、各駅停車で行くので、ちょっとまたiPhoneでいたずら書きをしてみた。

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