フェラギュス23世とビセートル

ビセートル病院が大革命以前には精神病者のみならず犯罪者の収容に使用されていたことはフーコー『狂気の歴史』に詳しく述べられている。ところでバルザック『十三人組物語』の第一篇「フェラギュス」に登場する同名の人物は、警察の調べによると「二十歳のとき懲役の刑をうけたが、ビセートル(パリ南郊)からツーロン(地中海に面する軍港町)への鎖につないだ徒刑囚たちの護送中に、まるで神業かとおもわれるような巧みさで逃亡をした」という(東京創元社版全集第7巻p. 46)。リヴェット“ OUT1” のビセートル病院を示す道標のショットは、これを踏まえるとピエールの不在またはイゴールの失踪と関係がありそうだ。

たしかに最終エピソードでワロックはリュシーにこう述べている--数日前コランが突然来訪してジャン・ブーと十三人組について述べた一節を自分に聞かせた際、間違いなくそれがピエールによって書かれたことを理解し、ピエールに電話して青年は彼の寄越したメッセンジャーなのかと尋ねた。すると彼はあの青年に強く惹かれたと答えた、と。この証言から、ピエールがビセートルにいるという推測は否定されるだろうか。そんなことはない。なぜなら、ピエール自身が自ら入院を希望し、電話の引かれた個室に「滞在」している可能性は大いにあるからだ。それどころか、彼は病院との間により緊密な関係を結んでいて、いつでも自由に出入りできるのかもしれない。

ついでに言えば、ワロックの電話に対して、あの青年に強く惹かれたと答えたことをもって、ピエールが本当にマリーを通じてコランにメッセージを託したと結論していいかどうかも疑わしい。たしかにあの手紙をマリー自身が書いたと信じる十分な理由はない(という以上に稽古場での無邪気なふるまいを見る限り、あんな入り組んだ文章を彼女が書いたとは考えにくい)けれども、ピエールがこれを書き、そこに秘めた暗号をコランが著者の意図通りに解読してエミリとワロックのもとにたどり着いたとすれば、本当にピエールがすべてのシナリオを書き、人々を操っていることになる。それでは本作品がただの陰謀物語に過ぎなくなる。ワロックの電話に対するピエールの返答は、コランを特定したものではなく、パリを徘徊するコラン的な人物たちを指したものと解釈すべきだろう。

さらに付言すれば、エピソード1 でマリーをメッセンジャー役にするのはリリであり(マリーは「メッセンジャー? わあい」と言ってはしゃぐ)、リリはジョルジュとイゴールの接触に不審を抱いている(エレーヌとの会話)。彼女がピエールの「暗躍」を探り出すために、彼のメッセージ作戦の向こうを張ってパリのおかしな若い連中に手紙を送りつけているという解釈はどうだろう。

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