シェイクスピア『十二夜』第一幕第五場

ピニェイロ『ビオラ』を見る上で、作中に引用されているシェイクスピア『十二夜』第一幕第五場の、ヴァイオラ(ビオラ)とオリヴィアの対話を読んでおく方がいい。少し長くなるが、小田島雄志訳を掲げておく。引用箇所の最後で、オリヴィアがヴァイオラに与えようとする褒賞は、ピニェイロ作品では指輪である。次の次のエントリー、『ビオラ』論でもこの点を強調するので、もし読んでいただけるのなら、シェイクスピアのこの素晴らしいテクスト中の当該箇所に注目してほしい。

ヴァイオラ 当伯爵家のお嬢様はどちら様で ?
オリヴィア 私にお話しなされば 、かわりにお答えしましょう 。ご用件は?
ヴァイオラ いともうるわしく 、あでやかな 、たぐいまれな姫君 ─ ─ね 、どうかおっしゃってください 、あなたがご当家のお嬢様ですか ?お目にかかったことがないものですから 。せっかくの台詞をむだにしたくはありません 、なかなかの名文章ですし 、暗記するのにさんざん苦労したのです 。そんなに笑わないでください 、美しいお二人に少しでも意地悪されると 、私はすぐに傷つきます 。
オリヴィア どちらからいらしたの ?
ヴァイオラ 稽古した台詞のほかはなにも申せません 、いまのご質問は私の台本にはないのです 。おやさしいあなたにお願いします 、あなたがご当家のお嬢様なら 、どうかそうおっしゃってください 、私の台詞が続けられるように 。
オリヴィア あなた 、役者なの ?
ヴァイオラ ご賢察おそれいりますが 、これ以上意地悪な誤解をされないようにはっきり申しましょう 、ほんとうの私はいま演じている役の私とはちがいます 。あなたがご当家のお嬢様ですね ?
オリヴィア 私が私自身を裏切っているのでなければ 。
ヴァイオラ あなたはあなたご自身を裏切っておいでです 、もしあなたがお嬢様であるならば 。人に与えるべきものを独り占めなさっているのですから 。でもこれは私の役目以外のことでした 、台詞を続けます 。まずあなたをほめたたえ 、それから肝心の用件を申しあげましょう 。
オリヴィア 肝心な点だけおっしゃい 、ほめたたえるところはかんべんしてあげるわ 。
ヴァイオラ 残念だなあ 、覚えるのに苦労したんですよ 、詩的な名文句なんです 。
オリヴィア とすればきっとすてきな噓でしょう 、しまっておいてちょうだい 。あなた 、さきほど門の前で生意気な態度を見せたそうね、だからここにお通ししたのは、あなたの台詞を聞くためではなく、どんな人かひと目見ておきたかったからよ。気ちがいでないなら、お帰りなさい。正気なら、手短におっしゃい。いまのところ、私はそんなばか話のお相手をするような気ちがいじみた気分じゃないわ。
マライア お帰りはこちらよ。さ、帆をあげて。
ヴァイオラ いいや、甲板掃除の水夫さん、もう少しこの港に停泊しなければならないんだ。お嬢様、この小柄な大女をだまらせてください。いかがでしょう、私の使いのおもむき、お聞きくださいますか?
オリヴィア まあこわい、前口上がそんなでは、用件はきっと恐ろしい内容なのね。いいわ、使いのおもむきとやらをおっしゃい。
ヴァイオラ あなたのお耳にだけ入れたいのです。私は宣戦の布告や降伏の勧告をもってきたのではありません。私が手にするのはオリーヴの枝、ことばも内容も平和そのものです。
オリヴィア それにしては最初は無作法だったわ。あなたはどういう人? どうしようというの?
ヴァイオラ 私が無作法を働いたのは、ここでそのようなおもてなしを受けたので見習ったまでのこと。私がどういう人間でどうしようとしているかは、処女の操のようにたいせつな秘密です。あなたのお耳に入れば神聖なことばとなりますが、他人の耳に入れば汚れたものになります。
オリヴィア 席をはずしてちょうだい。その神聖なことばをつつしんでうかがいましょう。
(マライア退場)
さ、神父様、神聖なおことばを。
ヴァイオラ いともうるわしき姫君ーー
オリヴィア まあ、ありがたいお説教ですこと、その聖書のことばにはいろいろな注釈がつけられそうね。本文はどこにあるの?
ヴァイオラ オーシーノーの胸に。
オリヴィア あのかたの胸? 胸の第何章?
ヴァイオラ 章で申すなら、心の第一章です。
オリヴィア ああ、それならもう読んだわ、あれは異端の教えよ。言うことはそれだけ?
ヴァイオラ お嬢様、どうかお顔をお見せください。
オリヴィア 私の顔と交渉しろと言いつかってきたの? 本文からはずれたんじゃなくて? でもいいわ、カーテンを引いて絵をお見せしましょう。
(ヴェールをとる)
いかが、いまのところこれが私の肖像画。悪くないできばえでしょう?
ヴァイオラ 実にみごとなできばえです、神様がお造りになったまま手を加えていないとすれば。
オリヴィア 絵の具がはげたりはしないわ、どんな風雨にさらしても。
ヴァイオラ これこそ自然がたくみな腕をふるい、赤と白をみごとにまぜあわせて描いたほんとうの美しさです。お嬢様、あなたほど残酷な人はこの世におりません、もしもその美しさをそのまま墓場までおもちになり、この世に一枚の写しさえお残しにならないとすれば。
オリヴィア あら、私、そんなに冷たい女じゃないわ。自分の美しさを明細書に残しておきましょう。一つ一つ財産目録のように書き記して遺言状にはっておけばいいでしょう。一つ、かなり赤い唇、二枚。一つ、青い目、二個、瞼つき。一つ、首、一個、一つ、顎、一個、といったぐあいに。
あなたがここにきたのは、私の品定めのため?
ヴァイオラ あなたのお人柄はわかりました、気位が高すぎます。
だがたとえあなたが悪魔だとしても、実にお美しい。
私の主人はあなたを愛しております。あのような愛には報いてあげなければなりません、たとえあなたが並ぶものなき美人であっても。
オリヴィア どのように愛してくださるの?
ヴァイオラ 神をあがめるように恋いこがれ、涙は滝のごとく、切ないうめきは嵐のごとく、溜息は火を吹かんばかり。
オリヴィア 公爵は私の心をご存じのはず、愛することはできません。たしかにあのかたはお人柄もりっぱで、ご身分も高く、ご領地も広く、さわやかな若者でしょう。
世間の評判もいいし、心の広い、学問のある、武芸に秀でた、容姿の人並みすぐれたかたと承知しています。でも私には愛することはできない。
そのことはずっと前にご返事してあるわ。
ヴァイオラ もし私が主人のあの燃える思いに身を焼き、生きながらの死の苦しみをなめるとすれば、あなたのいまの拒絶の意味がつかめないでしょう。どうしても納得できないでしょう。
オリヴィア で、あなたならどうなさる?
ヴァイオラ ご門の前に悲しみの柳の枝で小屋を作り、お邸のなかの私の魂にむかって呼びかけます。
さげすまれても変わらぬ恋を歌にたくし、ものみな寝静まる真夜中に大声で歌います。
こだまする山々にむかってあなたのお名前をさけび、おしゃべりな大気まで声ふるわせて「オリヴィア」と言うようにしてやります。そうなればあなたは、この天地のあいだに身のおきどころがなくなるでしょう。私をあわれとお思いにならぬかぎり。
オリヴィア あなたならやりかねないわね。あなたのお家柄は?
ヴァイオラ いまの運命よりは上ですが、いまでも紳士の身分です。
オリヴィア ご主人のところにもどってお言いなさい。
あのかたを愛することはできません。もう二度とお使いをよこさないようにって。でもあなたがご主人の反応を知らせにきてくれるなら別よ。
さようなら、ご苦労さまだったわね、どうぞこれを。
ヴァイオラ 私は金でやとわれる使い走りではありません。
報いが必要なのは主人のほうです、私ではなく。
恋の神があなたの恋人を石に変え、あなたの燃える思いが、いまの主人のように、冷酷にあしらわれますよう。さようなら、美しい残酷なかた。
(退場)

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