“Nineーand Death Makes Ten”(1940)

この作品が翻訳されていたことはつい最近知った。ハヤカワ・ポケットミステリの解説に掲載されていたカーおよびディクスン作品一覧にこの作品のタイトルを認めたとき、少年時代のわたしは何としても読みたいと思った。その後数年を経ずしてそう思ったことさえ忘れていたのだが。だから、本作品を読むときがめぐってくるなどとは夢にも思わなかった。

ディクスン・カーは第二次大戦中、イギリスのラジオドラマの脚本を書いていた。細かい事情は忘れたが、そこへ彼を本国に召喚する命令が米国から届き、彼は夫人とともに故国へ帰り、そこでもラジオドラマの脚本を書いて過ごしていたはずである。ところがまたしても今度は英国から、カーにはぜひともこちらに戻ってミステリなり戦意発揚物なりのラジオドラマ脚本を書いてほしいという要請が届いた。これを受けたカーは、夫人を米国に残して英国へ渡り、そこで不倫をすることになる(注)。それはともかく、カーが1939年にニューヨークからイギリスの某港に向けて航海したその経験が、本作品に生かされているのだ。

実に不思議な経緯で書かれた作品である。カーの戦時下の作品はいずれも非常に面白い。しかし、こんなに自身の実体験を踏まえて書かれたものも珍しいのではないか。

注 国書刊行会から出ている邦訳の解説によると、1939年8月のカー夫妻の渡米(カー本人にとっては帰国)は「ジョンの結婚以来途絶えていた両親との関係を修復するためのもの」で、故郷ペンシルヴェニアに到着したばかりのカーは、英国の対独宣戦布告を知り、即座にイギリスにとって返すことを決め、「9月8日頃にはジョージック号でニューヨークを発」ったという。わたしはこの間の事情と、1942年にカーが徴兵登録のために帰国し、翌年BBCの要請を受けて単身英国に渡ったこととを混同していた。不倫事件も1943年のことである。(2015/12/29)

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