様式混合を手近なところから語るなら、このミステリがもってこいだ。
英国きっての旧家(公爵家)の令嬢が二十一歳を迎える誕生日、彼女に「白いドレスを着せて溺死させ、埋葬までさせる」お遊びが、当代一と評された画家を父親に持つ芸術かぶれの公爵夫人によって公爵家の広壮な邸宅で企画され、演出家にはエリザベス朝文学の第一人者を招聘し、ハムレット役を最高の俳優に、クローディアス役を公爵に等々の配役が整ったところ、はじめはうちうちの遊びだったはずの企画が英国中に知れ渡って、屋敷には数百人の「観客」が押しかける始末になる。これで殺人の舞台は万全だ。
こんな大がかりな演出を「ミステリ」という結構の中で仕掛けたのは1930年代の、つまりミステリ黄金時代におけるマイクル・イネス。ミステリというジャンルの中にシェイクスピアが専門家の手によって仕込まれたおそらく最初の試みだ。これから『ハムレット』のそれぞれの役を演じる貴族とその周囲の人たちが集まる冒頭からこの設定だけで楽しめる。ぜひご一読を。