四種のフランス語のテクスト

アテネフランセ文化センターで現在上映中のストローブ作品のうち、五本がフランス語テクストに基づいている。わたしはこれから『共産主義者たち』を視聴するので、すでに耳にした残り四本のフランス語の響きについて書く。

「ある相続人」(2011)は、「ドイツに仕えて」と題されたバレスの文章、反ドイツ感情を隠して生活しなければならなかったあるアルザス人の、ドイツ支配時代(19世紀末)の記憶をフランス語で綴ったテクストを用いている。ジョゼフ・ロトネール扮するアルザスの青年は端正なフランス語で語るが、作中の青年の証言によれば、パリでは彼のアルザス訛りがバカにされたという。本作に引用されたバレスのテクストの中にも、ドイツ支配期のアルザス人はフランス語を用いず、この言語を操る者は貴族とみなされていたという指摘がある。

その貴族のフランス語の源流の一つは「ミッシェル・ド・モンテーニュのある話」(2013)において聴くことができる。モンテーニュの「実習について」という、死を学ぶ経験(落馬事故で失神した自身の経験が分析される)をめぐるテクストがバルバラ・ウルリヒ(ユルリシュ)によって朗読される。わたしにはそれほど古めかしいフランス語には聞こえないが、「ある相続人」の青年の語りとはたしかに別物だ。

一方ベルナノスの小説を用いた「影たちの対話」(2014)に登場する一組の男女(男の求婚を女は拒絶し、あなたの情婦になると言い放つ)が使うフランス語は、古典演劇のそれのように聴こえる。現代フランス映画に聴かれる男女の対話の響きや抑揚からはほど遠い。わたしにはこの発声がいつの時代の、どのような様式にのっとっているのかまったくわからないが、ベルナノスのテクストがこのように語られることに驚く。

「ヴェネツィアについて(歴史の授業)」(2014)は再びバレスのテクスト(「ヴェネツィアの死」)に戻り、一人の読み手によってそれが朗読される。このフランス語もわたしにはかなり演劇的に聴こえる。語尾がしばしば明瞭に発声されるので、時々何語を聴いているのかわからなくなる。

おもしろいのは、「ある相続人」のアルザス訛りのフランス語が、この四本の中では一番モダンで端正に響くことだ。対話と朗読の相違、また対話の内容の相違があるので当然かもしれない。

ドイツ語やイタリア語を用いた作品とフランス語のそれとの間にあるのとほとんど同等の隔たりが、これらフランス語作品の間にあるのは興味深い。

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