ストローブ近作の音楽について

「ジャッカルとアラブ人」のクルタークは素敵だ。『共産主義者たち』に引用された「黒い罪」のベートーヴェン(最後の四重奏曲の最終楽章冒頭)も。しかし、「慰めようのない者」のシューマン(ピアノ四重奏曲変ホ長調序奏)と、「母」のマーラー「私はこの世に捨てられて」(リュッケルト歌曲集、テノールとピアノ版)にはむむむとなる。ストローブがマーラーの、よりによってこの曲(交響曲第五番のアダージェットを特徴づける和声が聴こえる)を『レウコ』シリーズの一作の冒頭に置くとは。

レオンハルトを知らないかたには「ヴェネツィアについて」のラストは謎だろう。しかし、あれは音楽のみならず、初期のストローブ=ユイレ作品を代表するショット(若き日のレオンハルトを捉えた映像)を引用しているのだから、『共産主義者たち』での自作引用と同様に受け止められるべきだ(こうした引用そのものの評価は別にして)。

今日は『共産主義者たち』と「アルジェリア戦争!」を見た後、もう一度「ある相続人」「ジャッカルとアラブ人」「慰めようのない者」「母」を見た。オルフェ(オルフェウス)を中心に据え、エウリディーチェをめぐる有名なエピソードを大胆に読み替えるパヴェーゼのテクストの映像化(「慰めようのない者」)にあたって、ストローブは、半神であるオルフェと後に彼を八つ裂きにするトラキアの女(バッカ)を、他の『レウコ』シリーズの多くのエピソードとは反対に、あたかも前者を苦悩する人間、後者を神であるかのように配置している。この表現はわたしには面白かった。

『共産主義者たち』第一エピソード冒頭のショットにも驚いた。まるでコスタの「スウィート・エクソシスト」みたいだからだ。まさか、逆輸入なんてことはないだろうけど。この作品は旧作を五本も引用しているのだが、『エンペドクレスの死』と「黒い罪」を引いているにもかかわらず、エンペドクレス本人の映像はなく、彼の言葉と、その消失後の空間を見つめる女(ダニエル・ユイレ)、彼女の姿に重なるベートーヴェン、そしてエトナ山のショットを選んでいるところがよかった。

「ある相続人」のストローブも素敵だが、「ジャッカルとアラブ人」の旅人の声と、ジャッカルの長が差し出すハサミを押しのける靴の演技のストローブもよい。

久しぶりにアテネフランセのスクリーンでストローブを楽しんだ。

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