アーノンクール『イドメネオ』

だれからも賛同を得られたことはないし、今後も得られないだろう。『ドン・ジョバンニ』と『イドメネオ』こそモーツァルトの最高作だと思う。前者については、それが音楽史を代表する作品であることに異存のある人の方が少ないだろう。後者の評価が作品に伴っていない理由は、たんに『イドメネオ』がきちんと聴かれていないからではないか。レチタティーヴォと重唱の書法ばかりでなく、運命に翻弄され、引き裂かれる父子の主題からして、この作品は『ドン・ジョバンニ』を先取りしている(『ドン・ジョバンニ』のどこに引き裂かれる父子の主題があるんだ、などとは言わないでほしい)。典型的なのは第一幕ラスト、イドメネオとイダマンテの再会の場面に響く、『ドン・ジョバンニ』の和音である(騎士長の死に続くドンナ・アンナとドン・オッターヴィオの二重唱に登場する)(注)。

今に至るまで、この作品の理想的な録音としてアーノンクールとチューリッヒ・オペラのそれを凌ぐものはないとわたしは考える。それどころか、この録音はアーノンクールの最高作ではないだろか。序曲から第一幕の終わりに至るまでの、レチタティーヴォを彩る、断片的なのにきわめて魅力的な個々の楽節の際立たせ方と、にもかかわらず一貫した「一つの」音楽の構築。何度聴いても素晴らしい演奏である。


『イドメネオ』第一幕第十場(イドメネオとイダマンテ、レチタティーヴォ・アコンパニャート)

『ドン・ジョバンニ』第一幕第三場(ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ、レチタティーヴォ・アコンパニャート)

なおレチタティーヴォ・アコンパニャートで弦が奏でる断片的なオクターヴの跳躍は、『ドン・ジョバンニ』第一幕第十三場の、やはりドンナ・アンナとドン・オッターヴィオの場面にもある(騎士長の死に先立つアンナの部屋での出来事を回想する箇所であり、第一幕第三場の情調を受け継いでいる)。

『イドメネオ』についての過去ログはこちらを。

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