粒子状使徒

この季節、わたしは襲来する粒状使徒を嫌ってひきこもりがちになり、何を書いても青息吐息の情けない文になるため、余計なことは書かない方がよい。と思いながら、余計なことのみを書くというわが本分、わが初心に立ち返ってみるならば、むしろこの季節こそ更新に励むべきなのだった。

それにしてもわが国では「仮面」と呼ばれている口腔覆いや、近年効果てきめんになったとはいえ、飲めばやっぱり身体、情緒に思わぬ変化を及ぼす抗アレルギー薬など、使徒に対抗する諸手段の煩わしさは如何ともしがたく、とりわけ街を歩いて見つけた飲み屋にぶらりと立ち寄る楽しみが著しく制限されることは、花見の時機を逸することと同様にくやしい。当ブログの駄記事は、ついこれらの脱線をきっかけに書かれることが多いので、粒使徒襲来はわたしから余計なことをする機会を奪うのだ。

二番目に残酷な三月。

最近DVDで『七人の侍』を見直した。先月地上波で放映されたらしいリマスター版のことは知らなかったので、前に他局のデジタル放送を録画しておいたものを見た。この映画が207分の長尺だったことをすっかり忘れていた。50年代にあのタッチで約3時間半というのは、製作・配給側によほどの自信があったことの現れだろう。非常に緩慢な滑り出しから徐々に語りの速度を上げ、終盤の戦闘場面のプレストへ進む構成は、二部に分割して公開することを拒む(正編と続編に分け、間を置いて発表するという方法が適用できない)。速度の変化を見せることを主眼にした作品として、この大胆な長尺の採用には理由があったと改めて感じた。リマスター版もぜひ見てみたい。

『七人の侍』を見たきっかけは、その前に内田吐夢『宮本武蔵』五部作を一気見し、木村功を黒澤作品で見直したくなったことにある。木村功という役者のこととは別に、製作時期も撮り方も公開の仕方も異なる二作をたまたま見比べる結果になった。黒澤作品の映画史における重要性については、いまさら言を要さない。それを置いて好き嫌いということだけで言うと、わたしは内田吐夢やサミュエル・フラーの繊細さと傍若無人ぶりの同居のほうを取る。もちろん黒澤の無鉄砲な我の張り方はこの二人の上を行く。しかし、結果として出来上がるものが見せるふてぶてしさについて言えばこの二人には敵わない。

『七人の侍』の冒頭、無造作に放り出された蓑だか傘だかが動き出すところは、ひょっとしたら『鬼軍曹ザック』のファーストショットにヒントを得たものなのかもしれない(後者の方が3年ほど早く製作され、51年に日本でも公開された)。もちろん『七人の侍』がジョン・フォードを手本に撮られたことは明らかなのだが、その影響は戦闘場面以上に農民の暮らしの描写によく表れている。活劇の手荒さという点では、むしろフラーの戦争映画が模範になった可能性はないであろうか。

別にそういう影響のあり方について書きたいわけではない。仮に黒澤がフラーの映画から幾分かのインスピレーションを得たとしても、二人の映画作りには大差があることの方を強調したい。フラーは語りの速度を上げるといった一本調子の方法を好まず、それぞれの場面にふさわしい編集のリズムをそのつど選ぶ。揺るぎない速度で流れる大河を局所的に見れば、細流や淀みが随所にあるというように。また一つの作品に他から区別される構成・編集の特徴があるとしても、それは独立不動のものではなく、彼のすべての作品は際限のないシリーズになっている。どの場面を見ても繊細なモンタージュがあるのに、それらの連続がもたらすもの、特に戦いの描き方は無骨なほどだ。この奔放さは黒澤にはない。三船敏郎がどれほど荒々しく振舞おうとも、あのつるりとした尻が語る通り、黒澤映画には柔弱さがある。この柔弱さの理由の一つは、農民のしたたかさを考察する『七人の侍』のラストシーンに代表される彼の思考法にあるのではないか。思考法と言うのは、彼があの雄弁な作品の最後に、言わずもがなの注釈を加えているからである。フラーも内田吐夢もこういうことはしない。たしかに『宮本武蔵』のラストにはヒーローの独白があるけれども、あれは思想というより映画全編を振り返るオマケに過ぎず、『七人の侍』、ラストにおける志村喬の語りとはまるで異なる。

ウォルシュやフラー、内田吐夢らの作品について時々言われる骨太さは、撮影または編集の入念さに裏づけられたものであり、彼らの思考はこの過程に投入されている。映画は勝手に自分を語るのであり、監督が語ることはない。黒澤作品には時々この潔さが欠けている。

わたしは一方を称揚するために他方を貶めているのではない。『七人の侍』は一個の完結した作品として多くの美点を備えている。これに比べれば時としてB級を装うフラーや内田の作品になぜあれほどの価値があるのか、その理由の一端に触れてみたいというだけである。

カテゴリー: ぼやき, 映画   パーマリンク

コメントは受け付けていません。