春宵に寄す

肌寒くもなく生温くもないこうした宵に、温燗で軽く一本やるのはよいものだ。ただし身近にたまねぎが七つ六つ転がっていなければ、であるが。

向かいの片瀬山はすでに山桜が満開、夕刻はぼんやり窓外に目をやっているだけで、西日に照らされた花靄を楽しめる。もちろん冷蔵庫にたまねぎが滞留していなければ、だが。

何と心置きなき宵であることか。俗世とは無縁の境にあたかもわれは遊ぶ。とはいえ作り置きの肉じゃがに想いが向かわなければの話である。肉じゃがは食べたが、そのもとになったたまねぎスープはまだまだ残っている。

ああボッティッチェリ、クーリンチェ。はたまたオリヴェイラ。わが心の行手を阻むものとてはなし。ただたまねぎを除いては。明日は再び土鍋で二個ほどのたまねぎを煮詰め、しかしてそれをカレーのもとにしようかしらん。土鍋とたまねぎの相性は大変よいという発見を最近わたしはした。

カテゴリー: ぼやき   パーマリンク

コメントは受け付けていません。