お、おう

ドイツのマイスターに敬意を払いなさい。

お、おう。

MET 、レヴァインの『マイスタージンガー』と言えば、2001年12月の、憂いに沈みながら希望を示そうとした演奏が忘れがたい。

あれから約15年。再びレヴァインが『マイスタージンガー』を指揮した。やや小ぶりのオーケストラ編成で、室内楽的な音楽を聴かせる。2001年の第一幕への前奏曲において典型的に聴かれたような、遅いテンポの瞑想的な演奏ではない。むしろあっけらかんとしている。ハンス・ザックスは今度も素晴らしい(ミヒャエル・フォレ)。エヴァのアンネッテ・ダッシュは『ローエングリン』のエルザが忘れがたいソプラノである。

三幕それぞれの要所に必ず『トリスタン』の旋律と和声が引用される自己言及のしつこさ(とその反省の的確さ)だけでなく、フロイトを先取りする夢判断の構想、近代ドイツの運命に関する逆説的な予言(なぜなら「不吉なものが近づいている」という見通しはドイツの内部から「成就」するので)など、楽劇というジャンルを超えたおもしろさを持つ作品だ。ただし一時代の様式をカッコに括って5時間つきあうということを、少なくとも5、6回繰り返す根性が必要である。

近代史、とりわけ観念史を研究するすべての人が聴く義務を負う(そうでなければ西欧近代は理解できない)。本当は心あるすべての人に聴いてほしい作品である。

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