バイアルド(2)

〈図2〉の経緯で、バイアルドは一時的にオルランドの手中に落ちる。この時点でオルランドとリナルドはアンジェリカをめぐる恋敵である(ただし二人はともにシャルル・マーニュの甥――つまり従兄弟どうし――であり、大帝傘下の騎士を代表する人物だから、イスラム勢力に対抗して大帝を守護するという大義の下では同志だ)。オルランドは、敵軍に包囲されていたアンジェリカを救出するため、彼女のもとにやって来た。同じ戦場でたまたま戦闘を見物していて、アンジェリカの王国の敵と間違えられたリナルドと、オルランドは決闘する羽目になる。もちろん二人の英雄の戦いに決着がつくはずはない。おもしろいのは、この小競り合いでのバイアルドのふるまいである。バイアルドはオルランドの馬として決闘に臨むことになるが、相手が自分の主人リナルドであると知り、オルランドの意志に従おうとしない。そうこうするうち決闘の行方はうやむやになってしまい、腹を立てたオルランドは、役立たずのバイアルドをアンジェリカのもとに残す。〈図2〉で見た通り、アストルフォといっしょに彼女の王国に来てからしばらくの間バイアルドは、彼をリナルドの馬だと知ったアンジェリカからたいせつに世話してもらったため(それは彼女がリナルドに惚れていたためで、別にバイアルドをかわいいと思ったからではないだろうが)、彼女になついていた。さて、そうすれば恋人に喜んでもらえると思ったアンジェリカは、さっそくバイアルドをリナルドに返す。こうしてようやく主従は再会し、折からイスラム軍の侵攻に見舞われていたシャルル・マーニュのもとへ急ぐのである(図3)。

両軍の前線に来たリナルドは、イスラム側を代表する勇士の一人、アルジェリア王ロドモンテ、続いてもう一人の勇士ルッジェーロに決闘を挑む。リナルドはバイアルドを繋いでおいて、徒歩で戦おうとするが、両軍勢の動きが激しく、敵と馬を見失ってしまう。戦闘のさなか放れ馬となったバイアルドは、リナルドと出会ったアルデンヌの森に戻って主人を待つ。しばらくしてそこへやって来たリナルドが渇きを癒すために愛の泉から飲むと、たちまちアンジェリカをないがしろにしてきたおのれの迷妄に気づき、彼は愛馬にまたがってアンジェリカのもとへ向かうのである。

ところがこの時アンジェリカは、リナルドを追ってオルランドとともにフランスに来ていた(オルランドの方は彼女の意図に気づかず、言われるままに「恋人」を恋敵のもとへ送り届けてしまったわけだ)。たまたま(!)アルデンヌの森にさしかかった彼女は、今度は憎しみの泉から飲み、直後にばったりリナルドと出会う――アンジェリカに言い寄るリナルド、掌を返すように嫌がるアンジェリカ、リナルドのふるまいに嫉妬して戦いを挑むオルランド。二人の激しい争いを見て怖くなったアンジェリカはこっそりその場から逃げ出すが、その姿を認めて後を追って来たのは、自分をそっちのけにして戦う主人のもとを離れたバイアルドである。『狂えるオルランド』第1歌のバイアルドは、以上の錯綜したできごとの結果登場するのであった。

〈図3〉

『狂えるオルランド』の語り手(歌い手)は、第2歌でバイアルドを次のように讃えている。人間以外のキャラクターがこのように称賛されることは、本作において稀である。

わが君よ(注 イポリット・デステへの呼びかけ)、リナルドが幾日もむなしく追いかけて、
手綱にも触れ得なかったその馬を、
かく速やかに捕え得たこと、
お怪しみにはなりませぬよう。
人に劣らぬ知恵持つその馬、悪気があって、
主に何哩も追いかけさせたわけではなくて、
リナルドが恋い焦がれたる女性(にょしょう)のところへ、
おのれの主を導いて行くためだった。
利口なこの馬、乙女(注 アンジェリカ)が幕舎を逃げ出すのを見て、
目を離さずにつけて行き、
リナルドが、たがいに優劣つけがたい
手ごわい相手と対等に闘うために、
背中から地べたに下りたとき、
鞍に乗り手のないままに、
なんとか乙女をおのが主に引き渡さんと、
遠くから彼女の跡を追ったというわけ。

実に賢く、かわいい馬である。

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