騎士、狂気、馬(Orlando Furiosoにおける)

アリオスト『狂えるオルランド』の一側面について考察するこのエントリーの結論は以下の通り。

1. 本書が描写する世界には二つの主要な境界がある――シャルル・マーニュの領土とイスラム連合の領土の間、また現実の世界と魔法の世界の間に引かれた境界。前者について、宗教対立を読み取ることは誤りだ。なぜならキリスト教徒がイスラムの王に仕えたり、イスラム戦士が恋と結婚を理由に改宗したりするからである。本書の世界観は十字軍的なそれではない。もう一つの境界(現実の世界と魔法の世界の間に引かれたそれ)は、領土の境界とは無関係に存在する。

2. 遍歴騎士たちの冒険は、二つの境界のこちらと向こうを行き来する旅の途上で起こる。彼らは通常暴力(武力)を用いて越境する(魔法の世界も常に彼らの武力に対して優位に立つわけではない)。暴力行使のモードにはいくつかの種類がある――決闘や戦争に勝利することを目的とする騎士モード、境界の向こうの恋人を目指す色欲モード、まったく無目的の狂気モードである。オルランドはこの三つのモードを順次経ていく。注意すべきは、遍歴騎士がそもそも狂気を孕んだ存在であることだ。一所不在であること、言い換えれば越境的性格が、色欲や暴力と結びついている点にその理由がある。‟furioso” とは狂っているというよりも、荒ぶることを意味する。遍歴騎士オルランドは、狂う前から荒ぶっていたし、狂おうが狂わなかろうが、すべての遍歴騎士は furious である。

3. 騎士とは別のしかたで、すなわち特段の暴力を用いずに越境するものたちがいる。第一に女、第二に魔法使い、第三に馬(ヒポグリフを含む)。本書を読む際、各歌のエピソードは騎士中心なので、彼らの個別の越境に注目しがちだが、女・魔法使い・馬に目を向ければ、複数のできごとと人物のつながりが見える。これはバイアルドの遍歴に着目した先のエントリーが示した通り。

結論から先に書いたら、これ以上余計な話は不要であることがわかったのでこの項は終わる。

 

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