「孤児の感情」

川端康成の初期作品に「孤児の感情」という短編がある(大正14年)。作者の生い立ちを反映して語り手には父母の記憶がいっさいない。伝記的事実と異なるのは、語り手に妹があることだ。彼女の名はこの時期の他の作品にも出てくる「千代子」である(「ちよ」の発表は大正8年で、本郷のカフェで働いていた伊藤千代と出会うのはそれよりも後だ。大正10年、22歳の川端はこの千代と婚約するものの、時を経ずして一方的に破棄を宣告される。「孤児の感情」が書かれたのはそれから4年ほど後。しかし、彼はまだ彼女との恋愛の痛手を引きずっていたようである)。

「孤児の感情」の書き出しは、両親の記憶を持たない人間の感じ方をめぐる内省的な叙述で、少し私小説風なのだが、そのうちに川端ならではの変態世界が展開し始める。千代子と私(語り手)は兄妹といっても、両親の死後異なる家に引き取られて育ったので、物心つくまで顔を合わせたことは数回しかなく、私が進学して東京に出てきてからも、帰省の際にちょっと会うくらいであった。それが今度千代子に縁談が持ち上がり、相手が東京にいるので、その顔を見に上京するという。ついてはお兄さんの下宿に泊めてほしいわ――そういう手紙が届き、年頃の千代子がやってきた。二人が兄妹らしい会話をするのはこれがはじめてなのに、けっこう盛り上がる(会話がはずんだ、等の記述はないが、会話の内容を読むと事実盛り上がっている)。

私は千代子に縁談を申し込んだ男を知っている。遺伝学の研究者で、毎日犬だの人間だのの死体を解剖しており、彼の下宿にはイモリを100匹ほど容れた器がある。この男の研究室を訪れるときの描写が秀逸で、ヒトの骸骨が何体もぶら下がって揺れている部屋とか、その上で内臓をさらけ出した女の死体がこちらに流し目を向けている解剖台などの記述がたいへんおもしろい。それだけでなく、私の小説を遺伝学者も読んでいるため、二人は私の死生観をめぐって議論したりする。そういう箇所では若き川端康成の文学観が窺われてなかなか興味深い。

私は縁談相手のこういう日常についてまだ千代子に話していない。おそらくは結婚する相手の顔を見にきたわりに、千代子はなかなか彼に会わず、兄との同居が続く。私は夜遅くまで執筆するので、千代子は先に寝るのだが、兄はその美しい寝顔を見ながら、兄妹といっても互いの幼児期の記憶さえない、戸籍上の関係に過ぎないのだから、二人が揃って血縁のことを忘れてしまったら、ただ年頃の男女が一つ屋根の下にいることになる、などとあらぬことを妄想する――残念なことに、私はこの妄想をすぐにふりはらってしまうのであるが。ロリータ趣味が加味されたこの妹萌えの設定は、後年の川端作品を先取りしている。

全集の第二巻、または講談社文芸文庫の「初期作品集」で読める。

 

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