オランダ人曰く「てへ、手紙でも書きましょう」

いまBunkamura で開催中の「フェルメールからのラブレター展」、構成がいいというあるかたのツイートを読んで興味を持った。年内に展覧会には行けないので、ウェブサイトで企画の概要を見てみよう。http://vermeer-message.com/exhibition02/

《17世紀、大航海時代の植民地制を牽引していたオランダは、当時のヨーロッパにおいてもっとも識字率が高かった地域のひとつで、手紙によるコミュニケーションの文化がいち早く開花した地でもありました。1630年頃になると、手紙を読み書きする人々の姿が絵画作品の主題となり、手紙はとりわけ恋愛をめぐる場面を描く際には不可欠なモチーフとなりました。当時出版された様々な書物の中でも、「手紙の書き方」「ラブレターの書き方」という本が多く出版された程に、この「手紙」は重要な役割を果たしていました。》

手紙のモチーフが当時の流行だったというのはおもしろい。ひょっとしたらお嬢さんの肩越しにほくそ笑んでいるフェルメールの絵のあの召使は、文字が読めないふりをしてこっそり主人の文面を読み取っているのかもしれない。この展覧会は、日本で常時お客を集めるフェルメールを中心に同時代のオランダ絵画を寄せ集めるというありがちな企画から一歩を進めて、手紙のモチーフを軸に当時の多様なコミュニケーションと、そこでの表情や仕種を絵画に定着させようとする画家たちのたくらみを追う試みらしい。

《本展覧会では、こういった「手紙」というツールをその一つの題材に、様々な場面でのコミュニケーションのあり方に注目しています。》

《当時、家族、恋人、仕事における知人の間では、顔を見合わせた直接的なコミュニケーションと、もしくは手紙や伝言などのような間接的なコミュニケーションが存在し、そしてそれによって引き起こされたあらゆる感情を絵画作品の中に描きだし表現するということが盛んに行われました。画家たちは、人々が会話する際に見せる一瞬の表情や仕草にとどまらず、離れた恋人からの手紙を読んでいる時の素の反応に至るまで、実に幅広い感情を表現しようとしました。》

「離れた恋人からの手紙を読んでいる時の素の反応」、これは絵画のモチーフとしては挑発的で、わたしも個人的に大いに惹かれる。さて、少し脱線して当時のオランダの読み書き事情にまつわる話を同じ紹介文から引用させていただく。

《オランダ人にとって読み書きの能力は重要であったが、それらを学ぶ過程はいつも楽しかったわけではない。絵画作品ではしばしば、薄給で十分な訓練を受けていない教師と幼い生徒たちの間で生じる問題に、焦点があてられている。当時は個別に授業が行なわれ、生徒たちは代わる代わる教師の机の所までやってきて、読み書きや暗唱をするのが習わしだった。弁護士や公証人、著述家らは、商売に関わるコミュニケーションや経営の手助けをした。》

デカルトのオランダ移住は1628年なので、オランダ人たちの読み書きへの関心が高まっていた時期と重なっている。対話と書簡が研究者コミュニティを形成したデカルトからライプニッツの時代について、紹介文は次のように要約している。

《一方、科学者や学者たちは、公式にも非公式にもコミュニケーションを取り合っていた。科学の分野での非公式なコミュニケーションは、伝統的に口頭のコミュニケーション、つまり同僚や教師との個人的な接触が主流だった。研究者たちは、徐々に「目に見えない大学」といわれる非公式なネットワークをヨーロッパ中に立ち上げていった。》

《最も早い学術雑誌は、自然科学を含むさまざまな分野の研究が活発となった17世紀に誕生し、その中頃になると、科学に関心をもつ人々と科学者のために、相互的な公開討論会(フォーラム)を準備しようという気運が高まった。この頃、英国王立協会(1660年ロンドンで成立、1662年に公認)やフランス科学アカデミー(1666年パリで成立)のような学会の設立が相次ぐ。科学雑誌や学会が発行する機関誌だけではなく、手紙や私的なやり取りに加えて、科学書、新聞なども科学に関する印刷されたコミュニケーションの形として存在していた。》

フェルメールとその同時代人であったデカルトとスピノザが、手紙というモチーフでつながるというのは、言われてみれば常識的な話なのだが興味深い。しかもその媒体がオランダという当時のヨーロッパでもかなり特殊な共同体なのである。

話をもとに戻し、17世紀オランダの手紙によるコミュニケーションについて。

《オランダは17世紀のヨーロッパで最も識字率の高い国で、出版の主要な中心地であるとともに、手紙のやり取りが急速に増えた地域だった。》

出版文化と手紙の普及の関連というのはわかりやすい話である。おそらく同時期のパドヴァやヴェネツィアにも類似の傾向が認められるはずだ。

《ちょうどこの頃、公的な布告や単なる商業上の情報を発するのとは対照的に、手紙を書くことは、個人の気持ちや強い感情を伝えることができるという考え方が一般的となり、個人間の文字によるコミュニケーションのあり方を一変させた。》

この時代がルソーを準備していたというわけだ。最後にロマンティックな指摘を引用しよう。同サイトに御礼。ありがとうございました。

《オランダの風俗画において、手紙を読む女性の姿は愛に関連した場合が多く、ほとんどの作品は、隠された意味を解く手がかりを与えてくれている。壁の地図は、遠方にいる恋人を示唆するかもしれない。また画中の壁に掛けられた海景画の場合、海は愛、船は恋人を表象していた。ヤン・クルル(1601-46)の寓意図像集にある「家から遠くにあっても、心は離れていない」という銘文は、これをよく言い表している。》

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