「室内」(1)

約束のない一人旅の気儘さで、車窓から見える夏の木立に見とれたりうたた寝したりして過ごしていると、向かいあって座っていた七十代くらいの品のよい女性がお茶を奨めてくれた。ありがたくいただくことにする。彼女はポットに付属のコップをハンカチでていねいに拭いて、お茶を注ぐ。お礼を言って一口飲むと、よく冷えて香りのよい、少し甘味のある麦茶だった。
――とてもおいしいです。
――そうですか。畑で育った大麦を煎じさせて作った自家製です。
――どおりで。
――樽鍬(たるすき)までいらっしゃるのですか。
樽鍬は終点である。
――そのつもりでおりますが、特に予定のない旅なので、途中下車するかもしれません。
婦人は笑顔になった。独特の切れ長の眼の、少しとっつきにくい印象が、これで拭われた。
――のんびりとお一人でご旅行とは、よろしゅうございますわ。何もない田舎ですが、その分空気と水はおいしゅうございます。
――このお茶をいただくとよくわかります。よい空気と水からできたお茶の味です。
――粗茶をお褒めいただいて恐縮ですわ、
と婦人は笑った。ややあって、
――失礼ですが、お手元のご本はこの地方のことを書いたものですわね、
と言う。『白田中地方の知られざる習俗』のことである。
――はい。ここの伝統芸能に興味がありまして。大川のお能は国立能楽堂で一度見たことがあります。数年に一度やる引っ越し公演です。大川八幡宮にはまだ行ったことがないので、一度訪ねてみたいと思っています。
――大川能はやはり八幡さまの能舞台を見るのがよろしゅうございます。篝火に照らされた古い舞台で見る舞は、人のものではないかのよう。
――お能のほんとうの姿ですね。
この女性は教養の持ち主らしい。白田中の文化について、本にも載っていない珍しい話をいくつか語ってくれた。話に熱中すると、切れ長の眼が吊り上がって少しきびしい表情になる。楽しくその話を聞いていると、入磨(はいるま)の駅に近づいたというアナウンスが流れた。婦人は次で下車すると言う。
――入磨の駅前には足湯がありますのよ。広々しておりますし、かけ流しですから、快適ですわ。
――おや、それはいいですね。わたしもちょっと降りてみようかな。
――入磨からなら、少し遠回りになりますが、樽鍬へ行くバスもございますわ。
――それでは足湯に寄っていきます。
二人で入磨の駅を出た。みっしりと蝉が鳴き、日射しこそ夏らしいけれども、空気が澄んで爽快な暑さだった。
婦人には出迎えの車があった。別れ際に、
――院磨(いんま)の合掌造りをご覧になったことはございますか、
と彼女は尋ねた。まだ見たことはないと答えると、
――樽鍬行きのバスが院磨を通りますわ、
と教えてくれた。

時刻表を見ると、院磨経由樽鍬行きのバスは一時間後に出ることがわかった。足湯に浸かるのに十分余裕がある。
かけ流しの足湯は快適だった。お湯は熱すぎず、さらさらしている。わたしの他にだれもいないので、立ったり座ったりしてそこを独り占めしていた。途中下車は大成功だったと、わたしはあの婦人のアドバイスに感謝した。
足湯を出て、扇風機にあたっていると定刻にバスが来た。一時間前に同じ列車で入磨に着いた人たち数名とともに、わたしはバスに乗り込んだ。

院磨村は山に囲まれた盆地にある。村はずれの停留所から先、バスは村に入らず山添いの道をそのまま樽鍬へ行ってしまうので、ここから村の中心部には徒歩で行くことになる。自家用の乗り物なしには不便な土地だ。
坂道を下りながら見ると、畑の間に合掌造りの家が点在している。盆地に下りて、それらを見ながらぶらぶら歩く。道案内の類はない。合掌造り集落を宣伝して観光資源にしている村とは異なり、ここでは住宅はあくまで生活の場所であるらしい。それでも訪れる見物人は少なくないらしく、時々出会う住人はこちらをいぶかしむ様子もなく、笑顔で会釈して通り過ぎる。わたしも会釈を返しながら、田園風景と建物を楽しんだ。
初めて訪れた土地なので、どれくらいの規模なのか、何軒の家があるのかもわからない。次のバスは二時間後に来るので、それまでにバス停に戻ることにして、行き当たりばったりに歩いた。時々玄関の表札が眼に入る。轟、という姓ばかりだ。そのうち畑がなくなり、村の本通りなのか、まっすぐ続く道に出た。ひと際大きな合掌造りの家が数軒ある間に、郵便局、雑貨屋、喫茶店などを入れたふつうの建物が並んでいる。
がらんとした通りを歩いていくと、料理屋風の門にりっぱな漆塗りの看板が出ているのが目に止まった。闊達な書体で横書きに「院磨館」とある。門から前庭の間を石畳の小道が続き、その向こうが大きな合掌造りの家である。どうやら旅館らしい。「こんな村に旅館があるのか」と少し驚いた。その建物を門の外から見物して、わたしは引き返し、「喫茶樹里」という看板のある店に入った。テーブル席二つに五人掛けのカウンターという小ぶりで飾り気のない店で、カウンターの向こうには五十代くらいの美しい女性が一人おり、客はいない。いらっしゃいませ、こんにちはのあいさつを交わし、わたしは窓際奥のテーブル席に着いた。窓から院磨館の母屋が見える。
注文したアイスコーヒーを先ほどの女性が運んでくれた。わたしは院磨館のほうを見ながら「立派な旅館ですね」と言った。
――もとは庄屋の家です。旅館と言っても、合掌造りですから、客室は五つだけですけど。ただ、客室はどちらも内階段で二階に上がれるメゾネットです。
それから窓の向こうを指し、
――手前に見えますでしょ、あのモダンな建物が食堂と浴室になっています、
と言った。
――なるほど。隠れ宿ですね。
店主らしき女性は笑って答える。
――お客はほとんどありませんわ。
――中を見学できるんですか?
――院磨館ですか? それはできるでしょうけど、あそこは旅館用に内部が改装されていますから、見学してもおもしろくはないと思います。昔のままの作りが残っていて、いまは人が住んでいない合掌造りなら、他にいいのがあります。もしご覧になりたければ、管理人に連絡しますよ。
親切に感謝しながら、わたしは、
――そうですね、それではお言葉に甘えてお願いします、
と答えた。

管理人とはすぐに連絡が取れた。その家はここから五分ほどだという。しかし、どちらを向いても合掌造りの家だらけなので、始めてこの地を訪れる人にはとても見分けがつかない。
――わたしがご案内します。
――しかし、それではお店のほうが困るでしょう。
――いつものことだわ。買い物に行くときには「休憩中」の札を出して閉めちゃうんです。ご心配なさらず、どうぞ。
――ありがとうございます。ではよろしくお願いします。
コーヒーの料金を支払い、自分のバックパックを取り上げようとすると、樹里さん(店名は彼女の名をそのまま使っている)は、
――どうぞお荷物はそのままで。お帰りの時にまた寄ってくださればいいわ。いまは鍵をかけて出ますから。
――何から何まで申し訳ありません。
さっき来た道を反対方向に歩きながら、樹里さんはわたしに「どこからいらしたんですか?」と尋ねる。
――新東京です。
――やっぱり。アクセントでわかります。旅行でここに来られるかたの約半分が新東京からね。
――そうですか。樹里さんは院磨のご出身ですか。
――そうよ。樽鍬で数年働いていたこともあるけど、わたしにはここが合ってるみたい。戻ってからずっとあの店をやっているの。
通りを出て畑の間の道に入った。薄化粧の樹里さんの横顔に夏の日射しが当たる。切れ長の眼が美しい。笑顔で話しているが、「樽鍬」と言うときにだけ彼女がちらりと見せた少し険しい表情が、わたしにさっき入磨駅で別れた女性の眼差しを思い出させた。あの婦人も、ふつうの会話ではいたって穏和な雰囲気なのに、話に熱がこもると切れ長の眼が吊り上がって見えた。ひょっとしたら彼女も院磨の出身なのかもしれない。
目指す合掌造りの家に着いた。その家はたしかにひと際歴史を帯びて感じられた。この地の他の家々同様、約四十五度の急な傾斜を持った茅葺屋根を戴いているが、奥行きがあり、堂々としている。玄関はすでに開いていた。わたしたちが向かっていくと、背が高く痩せた、六十がらみの男性が建物の中から姿を現した。「お店でまた」と言って帰ろうとする樹里さんに、わたしはお礼を言った。
この建物は三層になっていた。「合掌造り」を見るなら一番上層の階に上がって、棟木(屋根の頂に渡す横木)に向かって直角に頂点を突きあわせている丸太の様子をまず見るべきだという管理人の奨めに従い、わたしは彼の後について急な階段を上った。屋内はひいやりとして、少し黴臭い。二階には正面とその反対側に窓があり、うっすらと光が差している。先にその窓を開けておいてくれたらしく、通り抜ける風が涼しい。畳敷きで、人が起居するのに十分な天井の高さがあった。しかし最上層は、いわゆる屋根裏部屋であり、生活には適さない。昔はここで蚕を飼っていたという。天井を見上げると屋根を支える何本もの丸太が剥き出しになっており、縄で要所要所が結びつけられている。
――釘は使っていないのですか?
こう尋ねると、木材と縄だけだという。棟木は意外に細く、そこでぶつかっている堂々たる丸太とは対照的だった。単純だがダイナミックな建築様式である。
――巨大な丸太小屋なのですね。
――その通りです。しかし、これだけの丸太をああやって直角に支えあわせる技術は並みじゃありません。あの構造が合掌造りの特徴で、扠首(さす)といいます。
管理人は漢字を説明してくれた。その顔を初めてよく見て、わたしは少し驚いた。切れ長の美しい目をしているのだ。長身でバランスの取れたスタイルといい、この土地の住人の容姿には気品がある。わたしは管理人の説明を聞きながら、『白田中地方の知られざる習俗』の一節を思い出していた。戦に負けた都のある貴人一族が隠れ住んだ里が院磨の起こり、という伝説を紹介した箇所だ。山の向こうの平たい顔族は大昔、院磨の人々の顔貌を差別して「院磨面」と呼んだ。驕ったマジョリティの典型的な勘違いである。
建物の内部にはかつて使われていた日常生活の用具など、細々としたものが保存されていた。わたしは尋ねた。
――ちょっとした博物館になりそうですが、なぜ一般に公開しないのですか?
――ここにはいまでも十分観光客がいらっしゃいます。今日もそうですが、頼まれればこうしてご案内する、それで十分です。わたしたちは来るかたを拒みません。むしろ歓迎しますが、これ以上多くのお客さんを迎えるつもりはありません。わたしもそうしょっちゅうここを開け閉めすることはできませんし、一般公開となればだれかを雇わなくてはなりません。
この答を聞いてまったくその通りだと思い、わたしは先の愚問を恥じた。
この建物の由緒などの説明を聞いた後、わたしは管理人にていねいにお礼を言った。すると彼は「ちょっと待っていらっしゃい」と言って、わたしを薄暗い一階の土間に残して玄関から外へ出ていった。わたしは明かりのついていない土間の空間を、開け放った玄関と格子窓から差す自然光で振り返って見ると、奥のほうへとぶらりと向かった。土間の左右には六畳ほどの小部屋が二つずつあり、仕切りはない。一番奥の右手を何の気なしにのぞくと、人の気配がした。人というより若い女性のそれである。ほどなく管理人が帰ってくるはずだ、という期待がなかったら、わたしも不気味に思ったであろう。しかし、あんまり怖くはなかった。また眼を凝らしたが、だれもいるはずがない。それにしてもわたしは、なぜ若い女性だと思ったのだろうか。例のすけべな性質のせいであると納得し、玄関のほうに戻った。
管理人は、帰ってくるとわたしによく冷えた梨が三つ入った袋を手渡した。樹里さんのところで食べていきなさいと言う。これには恐縮してしまったが、ぜひにと言うので受け取り、何度もお礼を言って引き上げた。

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