「室内」(4)

甚五朗さんはコップの酒を一口飲んで言葉を継いだ。
――院磨のいわば開祖となる女はこの地で娘たちを出産する。また開祖の夫婦につき従って移り住んだ者どもの間にも子ができる。従者の子らは年頃になればおのずと結ばれ合ったけれど、開祖の娘たちにはつりあう相手がいない。だが身分のつりあいなどという考えは、親の世代までの妄想でしょう。彼らは所詮落人なり盗賊なりであって、日陰暮らしに甘んじている。そういう環境にいて身分も何もない。さて姉娘には身近に好いた少年があった。幼なじみというよりもきょうだいのように育ち、大人になってもずっといっしょです。少年はたくましく成長し、開祖の夫婦に息子がない以上、将来彼らに代わってリーダーとなるのは間違いない。従者の子とはいえ資質に恵まれ、娘の母からも暗黙裡に姉娘の許婚とみなされた彼と、姉娘の関係は共同体全体から公認されたも同然だった。
わたしは空になっていた自分のコップに日本酒を注いだ。
――ところが、少年に惹かれていたのは姉娘ばかりではなかった。開祖の夫婦にはもう一人、姉に劣らず美しく成長した娘がいたのです。いっぽう従者たちから生まれた男子のすべてが、かの少年のようにたくましくもりっぱでもあるわけではない。妹娘も少年を愛してしまった。大手を振って外の世界に出ていけない人々の間では、こうした悲恋も珍しくないことは、容易に想像できますな。少年が十四になった年、姉娘と彼は夫婦の契りを交わします。妹娘はこれを機に自分の想いを振り切ることにした。もともと高貴な血を引く女ゆえ、姉夫婦の幸福を妬むような卑しい根性は持たぬ。こうして祝福と平穏の暮らしが続き、共同体の人々もようやく自分たちの未来に希望を抱き始めた。五年の歳月が流れ、夫婦には相次いで二人の娘が誕生した。男児は生まれない。若い夫婦のことゆえそんなことは気にせず、妹も可愛らしい姪たちを自分の娘のようにいとおしむ。三人はいつもいっしょに子育て、家事、野良仕事をして過ごした。妹もそんな生活に慣れ、自分に夫がないことなど気にかけることはなくなっていた。彼女は姉を愛していたし、かつての想いを振り切ったとはいえ、義兄を好いていたことはたしかなのだから、三人で一組のような生活は、彼女にとって好ましいものだったと言えるかもしれぬ。
甚五朗さんは切れ長の眼を夕闇に包まれた庭のほうに向けた。
――ところがだ、開祖の夫婦のほうは必ずしもそうは思っていなかった。もし姉夫婦に男子が誕生せず、妹も生涯独り身で過ごすとすれば、孫娘たちが成長したとき再び婿を外から取らねばならぬ。彼らは次女の義兄への思慕がわかっていた。仲良く日々を過ごす三人の姿を見ながら、彼女はほんとうにいまの暮らしに満足なのか、両親は心もとなく感じた。ある日のこと、開祖の女が長女に相談を持ちかけた。夫を妹と共有してはどうか。現代人にはとんでもない申し出に思えるでしょう。しかし、古代の宮廷などで、こうしたことはさほど珍しくありません。長女も母の奨めについては考えるところがあった。夫を得た自分とひきかえ、美しい盛りの妹がただ子育てと家事に明け暮れる姿を見るのは忍びない。それにこぼれんばかりのあの美しさで独り身を続けていたら、やくたいもない男子を引きつけることにもなりかねない。祭礼の夜のことだった。姉は妹に、今夜は神事で自分と夫は社に泊まるので、赤子を守ってあなたはわたしの臥所で寝てくださいと頼んだ。妹は快く引き受けたが、これは姉の嘘であった。夫もまた何も知らない。神事で社に泊まるのは神官である姉と処女たちだけである。夜が更けて、祭礼から帰った夫は夫婦の臥所に入った。赤子しかいないはずのそこに女が寝ているのを見て、はじめは驚いたが、妻が戻ったものと考えた。赤子を取り上げて脇の布団に寝かしつけ、あらためて女の顔を確かめると、妹である。何ごとかとびっくりした。しかし、月明かりで見るその寝姿の美しさは言葉に尽くせるものでない。彼はこの誘惑に負け、妹を抱いてしまったのです。
わたしは甚五朗さんの庭の生垣の、はるか先に見える山際に現れた月に視線を向け、たしかに落人集落の歴史の初期に起こりそうなことだと考えた。わたしの頭には『宇治十帖』の姉妹と薫をめぐる哀切な関係が思い浮かんだ。
――妹は抵抗したものの、赤子を起こさないでくれという義兄の言葉に負けてしまった。こうして三人の了解のもと、彼らの生活は新たな局面を迎えます。妹が妊娠し、三人の関係が公になると、共同体にも動揺が走る。おわかりのように、女系の集団では一夫多妻が合理的です。男は種を蒔く役目を果たすだけですから。しかし、ある集団が旧来のしきたりを最初に破って新しい制度、ここでは一夫多妻制ですが、そこへ移行するときには、ある種の抵抗が生じたとしてもやむを得ますまい。開祖の夫婦は、共同体のメンバーが互いに密通しあうことのないよう、三人の関係が指導者の血筋を絶やさないための特別のそれであることを周知しようとした。ところが、指導者たるべき夫が率先して浮気をしてしまった。浮気とは、妻である姉妹以外の女に手を出したという意味です。妹を抱いたとき、彼は一線を踏み越えたのですな。しかしこのような無秩序は、共同体の根幹を揺るがすものです。指導者が村のどの女にも手を出していいということになれば、その地位をめぐって争いが生じるのは眼に見えている。仮に次の指導者の座をだれかが力づくで奪い取ったりしたら、村の女たちは全員その者の所有となってしまう。無制限の姦淫と暴力による支配を避けるために、共同体は一夫多妻のルールを定める必要に迫られた。
従者としてこの地に来て、いまでは長老格になっている者たちが知恵を絞り、開祖の夫婦に進言したのは、村の若者たちに技を競わせる剣術試合を祭礼の当日に執り行うこと、指導者の血筋を維持するために、開祖から続く女を娶ることができるのはこの試合の勝者で、しかも女たちから夫にふさわしいと認められた者に限ること、そしてこの村で男が娶ることのできる女の数は二人までに留めることです。院磨の集落はこのしきたりを長年にわたって守ってきました。この地が開かれてから何世代かを経て、外の世界と交易を行なうようになってもそれは続きました。しかし、一夫一婦を慣習とする外の世界の人たちには、けっしてこの制度のことは公言しなかった。秘密を外に漏らすことは共同体への裏切りであり、死を意味した。院磨の起源についての物語が伝聞でのみ伝えられ、後に伝説となったのは、このような理由によるのです。
甚五朗さんは話し終えるとコップの酒をぐっと飲み干した。わたしには『白田中地方の知られざる習俗』が院磨伝説の核心部分に言及していないわけがやっとわかった。
――非常に興味深いお話です。院磨の伝説は、いまだに文書にまとめられてはいないのですか。
――研究者がここへ来て、聞き取っていったものなら文書になっています。しかし、わたしたちには伝承という昔ながらのやり方が好ましい。いまあなたにお話しした内容も、伝えらえれた事柄のうちごくわずかです。
――差し支えがあればお答えいただかなくて結構ですが、わたしには一つ疑問があります。
――何でしょう。
――院磨の一夫二妻制はいつ頃まで続いたのでしょうか。
これを聞くと甚五朗さんはこちらの眼をまっすぐ見据えて言った。
――いまも続いています。

 

 

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