「室内」(5)

甚五朗さんにはまだいろいろ尋ねてみたいことがあった。しかし、時間も遅くなったし、すでにお話もお酒もたくさんいただいている。おいとまする頃合いだと思って、そう言った。甚五朗さんは、
――今夜は院磨にお泊りですか。
――はい。院磨館に宿を取りました。
――そうですか。昼、立ち寄られたときにそう言ってくれたら、母屋をお貸ししたのですが。二階はお客を迎えるのに使っています。
わたしはここの合掌造りの二階が畳の広間であったことを思い出した。
――お昼にお邪魔したときには、今夜院磨に泊まるつもりはありませんでした。いただいた梨を樹里さんと食べながら院磨と合掌造りの話で盛り上がってしまい、院磨館をのぞいてみたら部屋が空いていたので、つい。
――いい旅ですな。ここに比べれば旅館のほうが不自由しないのはたしかです。どうぞゆっくりおくつろぎください。
甚五朗さんは門まで見送ってくれた。振り返ってもう一度お辞儀をすると、彼のシルエットの背後に大きな合掌造りの屋根が見えた。

宿で食事を取り、部屋に戻ると、わたしはさっそく甚五朗さんの話をクラウドに移した。
モニターとキーボードからなるPCはすでに廃れ、「端末」からネットワークへの接続方法も半世紀前とはずいぶん異なっている。現代のコンピュータとネットワークの仕様はだいたい次のようなものだ。ゴーグルをかけ、ヴァーチャル・ヴィジョンに映る仮想モニターを見ながら脳内で発話すると、モニターに文字列なりウェブページなりが現れる。どうしてこういうことが可能なのかと言えば、現代人の脳にはブレインドロップと呼ばれるマイクロチップが複数埋め込まれているからである。
ブレインドロップには大きく分けて二種類あり、一つは任意の外部機器から受け取った電波によって一時的に起動し、情報をやり取りする電子タグ、もう一つは手元のタブレットのスイッチで内部電源を起こし、まとまった時間使用する大容量メモリ付きのマイクロプロセッサである。前者の原理は交通系ICカードなどに利用される電子タグと同じだから、これで外部と交換する情報は限定される。他方のマイクロプロセッサは要するにノートパソコンなりスマートフォンなりを脳内インプラント用にしたものだ。生体適合ポリマーによって守られたプロセッサは発熱もせず焼きつきもせず、安全に神経系と情報をやり取りする。このタイプのブレインドロップのいくつかは、ライフネットと呼ばれる、厳格なセキュリティで守られた生体メンテナンス専用ネットワークと連携して、その個体の健康状態を見守っている。
他のブレインドロップは昔のノートパソコンやスマートフォンのように利用され、ウェブサイトの閲覧も自在に行なえる。ブレインドロップと交信するゴーグルをかけて仮想モニターを呼び出し、脳内で発話すれば、それが「画面」にそのまま表示されるので、液晶モニターもキーボードも不要だ。またネットワークに接続せずに、ブレインドロップ単独でさまざまなデータを閲覧したり、書き込んだりすることもできる。ゴーグルが要らない理由は、ブレインドロップが神経系と直結するコンピュータだからである。電源がオンになっていれば、わたしたちは眼を閉じて「脳内」の仮想モニターを見ることができるし、無言の発話だけで文章を書ける。もちろん耳にした音声、眼にした映像を記録することも可能だ。とはいえ頭の中でやたらと電波を飛ばし続けないほうが無難なので、一時的に記録したデータはクラウドに移してストレージに保存するのが一般的である。
今日甚五朗さんから聞いた話もそっくりそのままこの脳内に保管されているが、とても貴重な記録なので、万一の場合に備えて早めにストレージに移しておこうとわたしは考えたのである。
そうこうするうちに、わたしは心地よい旅の疲れと睡魔に襲われた。作業を終えて、内階段で二階の寝室に上がる。そこは畳敷きではなく洋間で、ベッドが二つ、窓と平行に並んでいた。わたしは階段を上がったところから見て奥の、窓際のベッドに横になった。「空調を睡眠用にして」と声に出して言うと、「お休みモードに切り替えました」と女声で返事があった。スマートグリッドにつながっただけのエアコンにも、この程度の会話ならできる。わたしはすぐに眠りに落ちた。
だがわたしは眠りが浅い性質で、昼間おもしろい経験をすると、睡眠中もそれを反芻する癖がある。その夜も、半ば夢なのだろう、院磨の女の影がちらついて胸苦しかった。
夜半に目覚めてしまった。その声を目覚めて聞いたのか、それとも声を聞いて目覚めたのかははっきりしない。女の声のようだ。不穏なそれではなく、話し声のような感じでかすかに響いている。わたしはベッドルームの照明をつけて階下に降りた。声はさっきより遠くなった。旅館のサンダルを引っかけ、浴衣のまま客室の引き戸を開けると、夜間の廊下の照明はほのかであった。廊下に出ると女の声はさらに遠くなったが、よく聞くと隣室の引き戸の向こうからかすかに漏れてくるのがわかった。しかし、おそらく今夜わたしのほかに宿泊客はないはずである。声がする隣室に歩み寄った。この建物の玄関は北を向いており、玄関の対面にあるわたしの部屋は南側である。声がする隣室は東側の部屋の一つだ。
なぜ隣室の声がわたしの二階の部屋に比較的はっきり届き、なぜいまはずっとかすかなのか、わたしはその理由に思い当たった。合掌造りの建物は、上層階に向かうほど容積が狭くなる。この旅館は一、二階を客室にしているが、おそらく三層目が最上層であろう。そうでなければ二階のベッドルームの天井高をふつうの身長の人が頭をぶつけず歩けるほどには確保できない。さて全客室に共通の屋根裏部屋があるなら、二階の話し声がそこを通って、夜間容易に周囲に届いたとしても不思議はない。旅館の構造としてこれは不用意ではないか、とわたしはあらぬことを考えた。何度も言うように、わたしはすけべなのである。しかし、いまはそんなことにかまけている場合ではない。
わたしは宿泊客がいないはずの東の隣室の引き戸の前まで行って、耳を澄ました。はたと声がやんだ。わたしは少し迷ったが、引き戸に手をかけた。昼間フロントの女性がわたしを部屋に案内したとき、客室には鍵がかかっていた。客がいないときには引き戸は施錠されているのだ。また、もしこの東の部屋に今夜宿泊客がいるならば、当然施錠しているはずである。そこでわたしは、鍵がかかっていたら女の声は泊まり客のものとみなし、変なことは考えずに戻って寝直そうと思った。同時に、そんなことはないはずだが、鍵がかかっていなかったら室内を調べてやろうと思った。
驚いたことに引き戸はすっと開いた。これで宿泊客がいたら(いなくてもだが)、わたしは完全に不法侵入者である。引き返そうかとためらいつつ、踏み込み(注 和風建築の出入り口にある靴を脱いだり履いたりする場所)を見やると、いっさい靴はなかった。一階客室の襖も開け放ったままで、そこに人の気配はない。もう構うもんか、とわたしは意を決してサンダルを脱いで上がると、「だれかいますか」と囁くように呼びかけた。客がいるとすれば二階のベッドルームである。返事はない。わたしはもう一度呼びかけ、返事がないことを確認すると、客間を抜けて内階段を上がった。さすがにどきどきしたが、それより好奇心のほうが大きかった。しかし、二階の二つのベッドにはだれの姿もなく、寝具も整っていた。
空室なのである。だが、さっきの声はたしかにこの部屋から聞こえた。わたしのベッドルームで聞いていても一階の廊下で聞いていても、声が漏れてくる場所はここであったことに間違いはない。
――むふらっはもほう。
わたしは意味のないつぶやきを一つして、階下へ降り、早々に東の部屋を後にした。まったくわけのわからないことだ、と首を傾げながら自室に戻り、ベッドルームへ行く階段を上っていると、さっきつけた照明が消えている。
階段を上がると最初に手前に見えるのは、わたしが寝ていた窓際のベッドではなく、もう一つの空のそれである。しかし、わたしの眼に、暗闇の中でそこに半身を起こしている女の姿が映った。錯視でも妄想でもない。昨日甚五朗さんの合掌造りで感じた気配とは異なり、その姿ははっきり視覚で捉えることができた。
ところがわたしが一歩近づくと、彼女の姿はスクリーンの映像のように一瞬にして消え失せた。

 

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