「室内」(7)

結の人々は保守的という樹里さんの話が頭にあったので、やしろ前の敷地に入るときには少し緊張した。しかし、玄関に出てきた信二さんに意固地な印象はまったくなかった。わたしの唐突な訪問をいぶかる様子もなく、この地ですでに会話した他の人々同様気さくである。
――院磨の文化に興味があるそうですね。うれしいお客さんです。
――初対面でぶしつけなお願いなのに、そう言っていただくと少し気が楽です。
――樹里さんから、あなたは礼儀正しい人だと聞きました。好奇心が旺盛過ぎる、とも言ってましたがね。
信二さんは、はははと笑う。含むところのないその笑い方を見て、わたしの緊張も解けた。
――きのうは甚五朗さんのところへお邪魔して、院磨の伝説を伺ってきました。お酒までごちそうになってしまい、とても礼儀正しいなどとは言えません。
――甚五朗さんは呑み助ですからね。晩酌の相手ができてちょうどよかったんですよ。
答えに窮してわたしは「いえいえ」と言葉を濁す。
信二さん宅の合掌造りは、建物の背面に長い庇(ひさし)を持っている。その庇が作り出す涼しい日陰にわたしは案内された。木製の椅子が三脚、小さな丸い卓が一つ置いてあり、庭との間に高低差はないが、ベランダのような空間である。庭はよく手入れがされており、生垣も塀もなしに畑へ続いている。庭の左手にはすぐそこに鎮守の杜が見えた。緑の豊かな開放的な景色である。
――それで結のこともお聞きになったのですか?
――結のことは樹里さんから聞きました。前に本で読んだこともありますが、さっき樹里さんの話に出るまで忘れておりました。
――そうですか。結というのは、もうお聞きになったでしょうが、もとは合掌造りの茅葺をふきかえるための村人の集まりのことです。それが最近の技術のおかげで、ふきかえ作業はだいぶん楽になったので、結の意味を広げ、伝統文化で結ばれた村人という趣旨で使うようになったのです。この土地の古い言い伝えや、冠婚葬祭の儀式、神事や祭礼なんかをですね、次の世代にも伝えていこうというのが、わたしたちの考えです。いまの時代、こういう狭い集落のことでさえネットで調べればくわしくわかります。外の世界の人たちにも院磨の文化に触れてもらうことは大歓迎ですよ。
信二さんの娘さんだろうか、色の白い二十歳前後の、花柄のワンピースの女性が、切ったスイカを並べた皿を運んでくれた。ほっそりとしたのびやかな肢体と切れ長の眼は、この土地の女性にしばしば共通して認められる特徴である。お礼を言うと、にっこりと微笑み、何も言わずにそのまま立ち去った。
娘さんが行ってしまうと、わたしは単刀直入に言った。
――わたしが甚五朗さんの話を聞いて、一番強い関心を持った点は、院磨の一夫二妻制のことなのです。旧民法の時代までは、院磨の人たちがこのしきたりを外部に漏らすことはタブーでしたが、いまはむしろ広く知られるべきです。なぜ今日までこういう特異な慣習が存続できたのか。たぶん学問的にもとても興味深い問題でしょう。
――おっしゃる通りです。少し前から民俗学者や文化人類学者がまさにその一夫二妻を研究テーマに取り上げるようになっています。わたしたち夫婦も他の結のメンバーも、何度かインタビューに応じたことがありますよ。
――わたしの質問にご不快な点があったらいつでもおっしゃっていただきたいのですが、信二さんは二人姉妹を妻にしておられると聞いています。この集落ではずっと続いてきた慣習とはいえ、同時にそれを外部に隠してきた歴史もあります。ご自身がしきたりを受け継ぐ上で、抵抗は感じませんでしたか?
――抵抗はありませんでした。わたしは姉を先に迎えましたが、彼女と妹は歳も近く、仲がよいので、三人一組の生活はごく自然でしたね。それに院磨の住民は、例の言い伝えと多くの先例のおかげで、この関係にもともと違和感を持っていないのですよ。もちろん例外はありますが。
――樹里さんは一時期樽鍬に出られたことがあるそうです。外の世界を見てから戻ってきた人ですね。彼女は女性の眼から見るとこのしきたりに違和感があるという意見のようですね。
信二さんは微笑を浮かべた。
――外から来られる男性のかたがこの話題を出すときに、決まって使う言い回しがあります。何だかわかりますか?
――いいえ。
――男が二人の女を妻にする、という言い方ですよ。一夫二妻という表現にも同じニュアンスがこめられていますよね。でもね、女の側から見てご覧なさい。夫は一人です。ただその夫が他にも妻を一人持っているというだけのことです。公然とね。この関係では、不倫ができるのは妻のほうだけですよ。二人の妻を相手に隠しごとや不倫は不可能です。
信二さんはそう言って笑った。
――女性の側に嫉妬はないのでしょうか。
――院磨では、伝統的にこのしきたりを強要することはなかったのです。ここはとてもたいせつな点ですよ。院磨伝説でも、姉は進んで妹に最愛の夫を差し出します。その後の歴史を振り返ると、同い年の三人が結ばれるというケースも多く見られました。外の世界でなら、男の奪いあいになって女の友情に亀裂が走るところですね。要するに、嫉妬は独占欲なのです。ある女性が、親友の女性が愛する男を愛してしまったとします。いわゆる三角関係が生じ、彼女が嫉妬に苦しむのはなぜか。二人の女が同時に一人の男を求めてはならない、という規律のせいです。しかし、この規律を取り払ってしまえば、嫉妬も苦しみもなくなるのではありませんか? もちろん独占欲の強い人はいつでもどこにでもいます。この村でも、そういう人が夫なり妻なりを独占することを認めてきました。
――なるほど、わたしにも少しわかってきました。お話を伺うまでは、女系親族に女子ばかりが生まれ、かと言って外部から簡単に男を受け入れることができない集落で、やむを得ず男を女たちが共有したと思っていましたが、時代が下れば、むしろ社会が何を規律とするかという人為的な側面が増してくるわけですね。
――わたしには学問的なことはわかりません。しかし、院磨の歴史を振り返ってみると、外の世界との交流が始まってからも、一夫二妻は秘密裏に続きました。この集落の住民には、一夫一婦よりこちらの制度のほうが好ましかったわけです。初めに血筋の存続という必要があったとしても、いまあなたがおっしゃった通り、一夫二妻がしきたりとして続いてきた理由は、住民の支持にあったと言えるでしょうね。
――ところでいまの時代には結婚という習慣じたいが無意味になっています。こういう時代になっても結婚のかたちにこだわる理由は何なのでしょう?
――外の世界では長らく一夫一婦制を続けてきました。これに対して院磨のしきたりは完全にマイナーだった。言い換えれば、わたしたちはメジャーな制度に逆らい続けてきたということです。ところが最近になって、ようやく外の世界もメジャーな制度を捨てた。わたしたちが前から尊重していなかったものをです。マジョリティがいま頃結婚は無意味だと言ったところで、そんなことはわたしたちとはかかわりのない話です。
わたしは説得された。結婚制度が無意味だと断言する現代人にも、恋愛において一夫一婦的慣習に囚われている者は多い。それに比べれば、たしかに院磨のしきたりは依然としてマイナーなものに固有な反抗的性格を失っていないのかもしれない。
わたしは突っ込んだ質問に嫌な顔もせずに答えてくれたことについて、感謝の言葉を述べた。すると信二さんはスイカを食べていってくれと言う。お言葉に甘えることにした。よく冷えた美味しいスイカを食べながら、わたし自身のことなどよもやま話をしていると、鎮守の杜に続く庭の一画に、いつの間にか純白のワンピースの少女がいるのに気がついた。背格好はさっきスイカを運んでくれた娘さんにそっくりだが、たしかさっきは花柄のワンピースを着ていたはずだ。純白の少女は、庭の手入れでもしているのか、こちらに背を向けて歌を歌っている。歌に気を取られて彼女を見ていると、こちらを振り向いた。さっきの花柄の娘さんの妹のように思える。やはり美しい人である。わたしが会釈をすると、会釈を返した。しかし、ずっと歌を歌い続けている。わたしは信二さんにスイカのお礼を言って、いとまごいをした。

 

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