「室内」(8)

考えてみるとわたしはまだ院磨神社に行ったことがない。そこで信二さん宅を後にすると鎮守の杜に足を向けた。
盆地の中の森なのでこじんまりとしている。参道に沿って歩いた。現れた院磨神社は瀟洒な造りで、彩色のない材木の古びた肌理は清楚であった。わたしはこの地に漂っているよい空気にますます惹かれた。参拝をすませて参道を引き返すと、脇の木々の間から真っ白なワンピースに身を包んだ少女がすっと現れた。信二さんの庭で歌っていた人である。髪を後ろに束ね、利発そうな額を見せている。院磨の人によく見られる美しい切れ長の眼が、じっとわたしを見ている。背の高さはスイカを運んでくれた花柄のワンピースの娘さんに比べて少し低いようだ。わたしはちょっととまどって、やあ、と言った。相手はこだまを返すにように、やあ、と答える。
すると木々の陰から花柄の娘さんが現れた。あのスイカの女性である。彼女は白のワンピースの少女の真後ろに立ち、互いに右手をつないだ。わたしは、「先ほどはどうも」と二人に型通りの挨拶をする。花柄の子が答えた。
――もうお帰りなさい。
わたしは面食らって言葉が出ない。彼女は続けて言った。
――ここにいるとあなたは、わたしたちのお婿さんにされてしまうわよ。でもあなたは、正直に言ってわたしたちのタイプじゃないの。ごめんなさい。
わたしはこういう拒絶そのものには慣れている。だから状況がわからないままに答えた。
――すみません。
すると、
――謝ることなんかないわ。悪いのはわたしたちのほうよ、
と言う。仕方なくわたしは彼女の次の言葉を待った。
――この子は、
と花柄の子が自分の前に立っている純白の少女を指す。
――この子は、わたしの姪にあたります。わたしは轟信二と姉妻の子で、この子は父と妹妻の子だから。でも母の妹のことをわたしは実の母と同じくらい好き。二人とも母親だと思っているの。だからこの子はわたしの妹よ。
わたしは肯いた。娘は言う。
――あなたはさっき、父に一夫二妻のことをいろいろ尋ねていたわね。でも、父が答えなかったことがある。父は姉妹と結婚したけど、妹には先天的な障害があったのよ。父はそれを承知で二人と結ばれた。院磨の一夫二妻にはそういう例も少なくないの。
外の世界の男は事情を何も知らずに、院磨の男は複数の女を妻にすると言って、半分羨ましそうに笑っている。でもじっさいには、ここの男たちはとても誠実よ。二人の女を愛することが、村の人たちと分け隔てなくつきあうことにつながっている。へんな意味じゃなく。たとえばこの村では、出生前診断で先天的な障害が見つかった子も必ず産んで育てるの。しかもその子が成長すれば、だれかと結婚して子を残すのが当たり前よ。あなたがたの世界の統計データに、そういう結果は反映されてはいないでしょうね。だってあなたがたは、短期的にリスキーとみなした遺伝子を排除するだけだから。
この子を見て。彼女が歌っている歌はすべて彼女の創作よ。おかあさん同様、彼女は障害者に分類されている。けれどわたしたちにそういう分類は無意味なの。
いまの時代、この村にも結婚を否定する人が増えています。だからここを訪れる男の中で、多少分別があって適度にすけべな人が、わたしたち姉妹のお婿さんの候補にあがるのよ。もちろんわたしたちから見ればたんに迷惑なだけ。あなたが院磨の風習に関心を示せば示すほど、みんなあなたに期待するのだけど、わたしたちだけは例外よ。
わたしには彼女の言うことがよく理解できた。この地で感じた女の気配は、わたしを誘惑するのではなく、さっさと去れと言っていたのだ。
――よくわかりました。心配しないでください。
これを聞いて二人の娘は肯いた。
純白の妹が空を指差した。わたしも見上げると、航空艇が飛んでいる。近年自家用の小型ティルトローター機が普及し始めたが、離着陸の際大量の粉塵が舞うため、田舎では嫌われ者である。花柄の子が言った。
――小学校の校庭に案内するわ。もう廃校になっているけど、敷地は昔のままだから。
わたしは二人の後についていった。鎮守の杜から遠くないところに、小学校跡がある。
航空艇がすとんと着地する。降りてきたのは旧知のミサトさんだった。
――何しにきたの、
と驚いてわたしが問いかけると、彼女はわたしの腕を取って、
――あざらし確保、
と言った。わたしがきょとんとしていると、彼女は、
――トランプ二世が在日米軍を撤収したわよ。安保体制もようやく終わったわ。
――まさかそれを教えに来たわけじゃないよね。そんなことだれでも知ってる。
ミサトさんはわたしの言葉に構わず、花柄のワンピースの子のほうに向かった。
――心配をかけてごめんね。すぐに連れて帰るから。
まったくわけがわからないが、彼女たちの間では話がついているらしい。ミサトさんは、
――あざらしさん、旅館に行ってすぐに荷物をまとめてきて。航空艇で樽鍬まで連れて行ってあげる。
わたしは、
――え? でもここで知り合った人たちに挨拶をしていかないと。
ミサトさんは、
――だれもあざらしさんのことなんか気にしてないから心配しなくていいわ。さあ急いで。
わたしは言われる通りにした。
準備をして校庭に戻ったわたしは航空艇に乗り込み、花柄と純白のワンピースの少女たちに手を振ってなごりを惜しんだ。
航空艇を上昇させながら、ミサトさんはここへやって来た理由を説明してくれた。
――あざらしさんのブレインドロップが不正アクセスされたのを検知したのよ。
――やっぱり。でもぼくの滞在先にはシールドが張られていたはずだけど。
――そのシールドを破るしかけがこの土地にはあるの。ここはロボットだらけなのよ。
――農作業用や、合掌造りの茅葺屋根のふきかえに使うとは聞いたけど、ロボットなんて見かけなかったよ。
――上空から村を見てどう思う?
わたしは下界を見下ろした。合掌造りの建物が点在している。
――どうって何?
――合掌造りの建物は、全部ロボットなのよ。
――え?
とわたしは絶句して、大魔神が動き始めるさまをイメージした。
――ロボットと言っても、別に建物が動き回るわけじゃないわ。合掌造りには屋根を支える丸太が急角度で交わっている天井裏があるでしょ。あの空間にAIが配置されているの。結の人たちが自分たちの記憶を保存したり、外来者による自分たちの生活の記録をチェックするためよ。あざらしさんは、ここに来る前から白田中地方の習俗に関心があったでしょ。だから甚五朗さんの合掌造りを訪れたときに、院磨のロボットもあなたに関心を持ち、ブレインドロップにアクセスしたのよ。あざらしさんは、何度か合掌造りの中で女性の影や姿を目撃したはずだわ。あれは合掌造りのAIの仕業なの。
――旅館の部屋に張られていたシールドは、
と訊きかけて、わたしはようやく気づいた。
――旅館の建物自体がロボットなのだから、客が寝ているときとか、不意を襲われているときには簡単にシールドを突破できるわけだ。あの女の姿もAIが作った幻だったのか。
――そういうこと。あざらしさんのブレインドロップへの不正アクセスについて探っているうちに、わたしは轟信二さんのお子さんと接触できた。彼女は、AIがあざらしさんを自分のお婿さん候補として勝手に選定したみたいだけど、とても迷惑だから早く連れ帰ってほしいと訴えたわ。
――その話はもう直接聞きました。それにしても人のアタマに不正にアクセスしておいて、余計もの扱いするなんてひどいよ。
――たいしたことじゃないわ。合掌造りロボットは、あの集落にかかわりのある人の記憶と知覚を、時々検索したり操作したりしているだけなんだから。
――そういうもんかなあ。でもミサトさんは、どうしておれのブレインドロップへの不正アクセスを検知できたの?
これを聞くと、ミサトさんは航空艇のドアのポケットから何やらカッコいい手帳を取り出してみせた。
――NEET(注)に入ったの。
わたしは答えた。
――へえー。そいつはおもしろそうだ。おれも入隊するよ。

注 アンサイクロペディアを参照のこと。

(了)

【おまけ】 PDF版へのリンク。 https://drive.google.com/open?id=0B9E24ObU5HHCYkNkVGZJNk01VzA

 

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