ラモー『ボレアド』(クリスティ指揮)

ラモーの傑作『ボレアド Les Boréades』には素晴らしいDVDがある。ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサン、ポール・アグニュー、バーバラ・ボニーらによる全曲のライブだ(2003年4月、パリ・オペラ座、ガルニエ宮で収録)。本作はオペラ・バレエであり、フランスのバロックオペラにつきものの、頻繁に挿入されるバレエ音楽も、エドゥアール・ロック振付による美しい近未来風ダンスとともに退屈せずに聴ける。ラモーのオペラ・バレエをCDで全曲聴く際、わたしにはバレエ音楽が立て続けに流れるくだりが苦痛である。しかし、この『ボレアド』のような優れた演出(ロバート・カーセン)に一度触れると、別の録音(わたしはブリュッヘンと18世紀オーケストラによる組曲版をCDで聴いている)で聴き直す際も、場面を視覚的にもイメージできるため俄然おもしろくなる。

ラモーの音楽は比喩的に言うと22世紀初頭あたりの人類にふさわしい。神経生理学的音楽(neurophysiological music)。たしかにお決まりの和声進行が頻出したり、内声が薄かったりするが、美しいのにけっして扇情的にならない冷たいメロディと、浮遊するような音型の反復、そして何よりも脳に直接響く転調の妙技はラモーならではだ。彼の書法はバロック期の他のどんな作曲家にも見られない。そしてその魅力はオペラにもっともよく現れている。『ボレアド』においても器楽曲やバレエ音楽のみならずアリアとレチタティーヴォの素晴らしさを堪能できる(特にポール・アグニューの歌唱で)。特筆すべきはレチタティーヴォ――ラモーのそれは和声進行が明確なので、アリアのように聞こえ、感動的である。

残念なことにもう新品在庫はないようだが、Amazon 等をあたると中古の良品がまだ安値で残っている。2枚組。本編は片面2層のディスク1枚に収められており、もう1枚は演出家と出演者へのインタビューを収めたボーナスディスクである。本編のリニアPCMの音質はとてもよい。『ボレアド』全曲に接する機会は少なく、この傑作をもっと多くのかたに聴いてほしいと思い、この記事を書いた。先日、本作品を代表する美しいアントレ(人物の登場場面に流れる器楽曲)をYouTubeの動画で紹介したが、あれも同じソフトからの引用である。実は全曲の動画もあるにはある。しかし、画質と音質の保証はできない。購入前のちょっとした視聴にはよいかもしれないが、ラモーを2時間48分YouTube で、などという「試練」はお勧めできない。

 

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