ラモー『結婚の神と愛の神の祭典』(1747)

エルヴェ・ニケとコンセール・スピリチュエルによるラモー『結婚の神と愛の神の祭典 Les Fêtes de l’Hymen et de l’Amour』は名演である。フランスの古楽シーンは活気に溢れており、特にラモーの演奏に関しては傑出した音楽家たちがひしめきあう。中でも飛び抜けた存在であるニケとコンセール・スピリチュエルがラモーの知られざる傑作の世界初録音をリリースしたのは2014年(Glossa, GCD 921629)。フランス的精確さに生き生きとした躍動が結びついた素晴らしい演奏である。わたしは連日のようにラモーの作品とソフトを推しているが、これも古楽好きなら必聴だと思う。1747年に初演された本作の書法は、昨日紹介した『カストールとポリュックス』1754年版の先駆をなしている。すなわちバレエ音楽とコーラスが輝かしいオーケストレーションに伴われてより大きな統一的形式の中に位置づけられており、アリアとの音楽的なつながりも緊密である。全曲は「プロローグ」と三つのアントレ(ふつうのオペラの「幕」にあたる)からなるが、4部それぞれの独立性が高く、このため各アントレの音楽のシンフォニックな統一性が際立っている。ラモーの作曲技法の展開を知る上で避けて通れない作品で、掛け値なしの傑作である。

CDに添付されている解説の中にトマ・スーリー Thomas Soury の「『エジプトの神々』から『結婚の神と愛の神の祭典』へ――生成過程、歴史、諸問題」という優れた論考が収められており、リブレット作者ルイ・ド・カユザックが本作においてバレエをどのように扱い、これに応じてラモーがどのような音楽を書いたかが明らかにされている。日本盤には残念ながらこれらのテクストとリブレットの邦訳が付されていないので、スーリーの論考の核心部分を以下に訳出しておく。昨日『カストールとポリュックス』1754年版について論じた事柄と一致する指摘であり、手前味噌になるが、わたしの分析が的外れではないことが早速確認できてうれしい。

 

『結婚の神と愛の神の祭典』をもってカユザックは一連の重要な革新を開始し、このエジプト趣味のバレエにパイオニア的作品という地位を与えている。じっさい作品の魔法を確かなものとするために、カユザックはダンス、コーラス、装置について数々の実験を行なっており、ラモーもこれらに無関心ではあり得ない。

まずリブレット作者はきわめて的確なやりかたでダンスを使っている。じっさいリブレットにはダンサーの動きを記した多くの指示が含まれており、カユザックはこれを「表示的バレエ ballets figurés」と名づける(訳注 リブレットを読んでいるとたしかにあちこちでこの表記に出会う。なおここでの figuréは「記号で表示された」という意味。後述の通り、パントマイムのように記号化されたしぐさが行為と出来事を表示するのである)。この振り付けられた寸劇は、各幕のプロットの至るところに挿入され、かつドラマの進行にブレーキをかける強いられたパッセージにならないように努める。カユザックはアクションのダンス(danse d’action)を開発しようとしているのだ。このタイプの振り付けはパントマイムに近いしぐさによって、表示的ダンスが示していることがらをなぞる。こうしてアクションのダンスは、劇場よりも宮廷の豪奢に向く技法である belle danse(訳注 直訳すれば「美しいダンス」。伝統的なバレエの振り付けのこと)に取って代わる。ダンスについてのこの特異な構想は、ラモーをして特別に表現豊かな  symphonie を書くように促した。「プロローグ」の最後の表示的バレエと、「オシリス」(訳注 「プロローグ」に続く第一のアントレ)の最初のそれは、とりわけ極度に流麗な、独自の構造を示している。ここで仕上げられた和声進行といくつかのダンスの個別的形式とは、ラモーがこれらのエピソードを、多様な特徴を備えた(多様な登場人物を伴う)一つの連続的で大規模な形式のように考えたことを示している。つまりダンスの音楽は伝統的な形式を離れ、あるアクションを描き出す真の場面音楽になろうとしているのである。

 

【追記】 ballets figurés は訳しづらい表現である。figuré は「記号で表された」ということだが、この点を把握するために次の例がわかりやすい。象形文字は、かたちで事物を表示する。この「象形」が figurer だ。つまり象(かたど)ったかたちで、その事物を表示している。だから ballets figurés を「象られたバレエ」と訳すのもよいだろう。もちろんパントマイムのようなアクション(象形文字に相当する)によってバレエがかたちを与えられるという意味である。(2016/8/9)

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