『荒野の決闘』の2つのヴァージョン

『荒野の決闘』劇場公開版(97分)と非公開試写版(102分)の異同を書き留めておく。前者はブルーレイ(WOWOWで放映されたものの録画)で、後者はフィルムセンターの特集「UCLA映画テレビアーカイブ 復元映画コレクション」において上映されたフィルム(2016年10月25日の回)で見た。後者はまだ1回しか見ていない。11月3日にフィルムセンターで再上映される機会に見直し、記述に誤りがあれば訂正する。

非公開試写版はその名称通り、一般公開に先立って試写されたヴァージョンであり、劇場公開版のほうは製作者ダリル・ザナックが一部に編集を加えさせたものである(フィルムセンターの作品解説――本特集のためのチラシおよびWEBの記述――による)。とはいえ2つのヴァージョンを見比べると、前者から削除されたショットはあるものの、前者にあった一場面が後者においてそっくり欠落しているとか、場面の順序が入れ替えられているということはない(1)。フィルムセンターの作品解説によると、ダリル・ザナックは一部のショットの撮り直しを命じたということだが、撮り直しが明らかな箇所はわたしには見つけることができなかった(2)。それでも以下に見る通り、2ヴァージョンの違いは小さくない。

以下非公開試写版から削除された箇所を列挙する。

1) 芝居の開演を待つ小劇場のボックス席のシーンの一部。ワイアット・アープとドク・ホリデーが並んで座ると、2人の顔のアップになり、ドクの左頬に2本の白い絆創膏が見える。ワイアットが「どうしたんだ」と尋ねると、「理髪師だ」とドクが答える。この直後にチワワがボックスに入ってくる。劇場公開版ではドクの顔の傷をめぐる2人の男の会話は削除されている。ささいな違いに思われるかもしれないが、そうでもない。というのも、この後役者が劇場に現れないことに腹を立てた観衆をワイアットが鎮め、役者を探してドクと連れ立って酒場に行き、そこで見つけた役者が独白するハムレットの台詞を受けてドクが暗誦するときのアップに、この絆創膏が映っているからである(両ヴァージョンとも)。つまり劇場公開版では、小劇場のボックス席でワイアットとドクが再会するまでの時間の流れが省略されており、ドクのハムレット暗誦時の顔の傷の意味がわからない。いっぽう非公開試写版では、役者が町に到着してから、ワイアットとドクが小劇場で落ちあうまでの間に、ドクが観劇のために理髪店に寄ったことがわかる。彼がシェイクスピアを暗誦するインテリであることは劇場公開版でも明らかだが、観劇前に理髪店に行くという情報がそこに加わるかどうかの違いは大きい。

2) クレメンタインを乗せて町に到着する駅馬車のシークエンスの中の、ベルを持って現れる2人の女性のショット。非公開試写版には、荒野を疾駆する駅馬車のカットと、町に入ってくる駅馬車を迎えて到着を知らせるベルを鳴らす女性たちの後ろ姿のカットの間に、建物の奥からその2人がベルを持って現れ、ポーチの椅子に腰かけているワイアットに「おはようございます、保安官」と声をかけるショットがある。いっぽう劇場公開版では女性たちは朝の情景の一部になり、登場人物としての地位を欠いている。

3) クレメンタインとの再会に動揺し、マックの酒場で泥酔するドクのシークエンスの冒頭、チワワが「ソンブレロの歌」を歌う長いショット。非公開試写版ではチワワが歌い終わると、アープ兄弟が食事をしているところに酔ったドクが入ってきて、ワイアットに「他人のプライバシーに首を突っ込むな」と言う。その後カウンターでひとりウイスキーをがぶ飲みするドクの隣りにチワワが近づき、「ソンブレロの歌」をもう一度歌う。つまり彼女の歌の位置づけは2つのヴァージョンで次のように異なる――非公開試写版で彼女の歌はこの場面を導入しつつチワワの見せ場としての役割を果たすのに対し、劇場公開版ではドクから邪険にされる彼女のエピソードの小道具になっている。

4) OK牧場の決闘のシークエンスが死んだドクの映像によって閉じた後に続く、アープ兄弟が町を離れる場面。この箇所の有無こそ非公開試写版と劇場公開版との一番大きな相違である。後者では決闘の場面が終わると、すぐに名高いラストシーンになる。しかし非公開試写版のほうには、アープ兄弟が町の人々に別れを告げる、道すがら馬上で感慨を語りあう比較的長いシークエンスがある。町を出る直前、ワイアットがホテルの上階を見上げると、ショットはクレメンタインの部屋の開け放たれた窓になる。このカーテンがはためく窓のショットは非常に重要だ。観客は兄弟が町を出ようとしているのに、クレメンタインはどうしたのだろう、と感じないわけにはいかないからだ(劇場公開版を繰り返し見てきた観客は、もうこの感慨を持ちえないけれども)。この後、2人の弟たちを失って帰郷するアープ兄弟の対話がしばらく続き、2人が立ち去ろうとする町の景色が映し出され、ようやくあのクレメンタインの場面が来るのである。ラストのシークエンスの重要性に鑑みて、非公開試写版がフィルムで上映される意義は大きい。

1 本文をアップしてから Wikipedia 「荒野の決闘」の記事(2016年10月30日版)を読んで、ザナックの指示による再編集がオリジナル作品を 30分ほども削る大幅な改変であり、ディレクターズ・カットも散逸してしまったことを知った。そうだとすれば、非公開試写版が作品の原型を知る上で貴重でも、残念ながらディレクターズ・カットからは遠く隔たっているということになる。

2 同じ記事の指摘から、差し替えられたのはラストシーンだと知った。劇場公開版では、クレメンタインとワイアットの対話の始まりと別れの握手の間にキスシーン(ワイアットがクレメンタインの頬にそっとキスする)が入るのに対して、非公開試写版では対話から握手までがワンカットで、かつキスシーンもないという。わたしはこの重要な相違を、アープ兄弟が町を出るシークエンス(本文 4)に気を取られて見逃してしまった。間抜けとしか言いようがない。このラストシーンはおそらくディレクターズ・カットと同一だろう。兄弟が町を離れる場面からラストに至る流れをオリジナルに近い姿で見ることができるという点で、非公開試写版の重要性は明らかだ。

(注1、2 を追記--10月30日)

【さらに追記】

11月3日のフィルムセンターでは『荒野の決闘 非公開試写版』とバッド・ベティカーの清冽な傑作『七人の無頼漢(ならずもの)』が併映され、どちらも満員だった。

『荒野の決闘』の「 非公開試写版」と「劇場公開版」の相違について、前回見逃していた点を追記し、誤りを訂正しておく。

Ⅰ ドク・ホリデー初登場の少し前、ワイアットが酒場でポーカーをするシーンの間に挟まるチワワのシークエンス。劇場公開版でチワワは、ワイアットの後ろで “Ten Thousand Cattle Straying” を歌ってからカウンターに行き、バーテンダーに「ドクはいつ帰るの?」と問いかけた後、再びワイアットらのテーブルに戻ってイカサマの片棒を担ぐ。

いっぽう非公開試写版では次のような編集になっている。チワワがカウンターを離れると同時に駅馬車到着を知らせるベルが響き、ホテル正面の停車場に立ってベル(というよりトライアングルのようなもの)を鳴らす2人の女性を背後から見るショットになる。停車場に駅馬車が入ってくる。続いて酒場を出てきたチワワを通路の正面から捉えたショット。すると通路奥の暗がりから彼女を追って若い男が現れ、「(駅馬車に)ドクが乗ってるぜ」と囁いて彼女を抱きしめ、首筋にキスする。チワワはそれを振りほどき、「ムダよ、ビリー」と嘲るように言う。やがて明らかになる通り、ビリーというのはクラントン一家の末子で、後半チワワを撃つことになるキャラクターだから、彼とチワワの関係を示すこのカットは重要だ。

この後チワワは裏口から酒場に戻り、ちょうどバンドが演奏していた「ソンブレロの歌」に合わせて歌い始め、ワイアットらのテーブルに近づく。わたしは先に、クレメンタインと再会したドク・ホリデーが泥酔する後半の酒場の場面で、チワワが歌う「ソンブレロ」は非公開試写版のほうが劇場公開版よりも長い(当該シーンの冒頭でも、彼女は同じ曲を歌う)と書いたが、これは記憶違いだった。いま述べたドク登場直前の「ソンブレロ」と後半のドク泥酔場面のそれを混同したのが誤りの理由で、正しくは以下の通りである――劇場公開版でチワワが「ソンブレロ」を歌うのは、ドク泥酔のシークエンスの中だけなのに対して、非公開試写版には2箇所ある(前半、ワイアットのポーカーの場面と、後半、ドク泥酔のシークエンス)。記憶違いの箇所(本文3)には抹消のバーを入れておいた。

Ⅱ チワワの手術の開始直前、“Miss Carter”というドクの呼びかけに“Ready”と応えるクレメンタインのカットは非公開試写版のみ。

Ⅲ チワワを撃って逃げたビリー・クラントンをバージル・アープが追うシークエンス中、ビリーの銃撃をかわしたバージルが馬とともに斜面を転げ落ちるカットは非公開試写版のみ。

Ⅳ 決闘シーンのエンディング。劇場公開版ではアープ兄弟がドクの死体を見下ろす箇所でカットされるが、非公開試写版では同じワンショットがより長く続き、ワイアットが前景に退いた後、立会人の2人が画面に入って、ドクの姿を見つめるところで終わる。

Ⅴ ラストシーン。ワイアットとクレメンタインが向かいあって会話を始めるところから握手する箇所まで、非公開試写版ではワンカットであり、キスシーンもない。いっぽう劇場公開版では明らかにセットで撮られたキスシーン(ワイアットが軽くクレメンタインの頬にキスする。ワイアットのバックに景色がなく、空だけが見える)が挿入されている。

(11月5日)

 

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