『ショックプルーフ』を見て『眠りの館』を再考する

『ショックプルーフ』は素晴らしいフィルムだ。サークには珍しいボニー&クライドもので、このジャンルの代表作の一つと言ってよい。ただしラストのあっけないハッピーエンディングはサークならでは。ラング作品と比較するなら、『暗黒街の弾痕』に『真人間』のテイストが加わっている。

前半、二人の男の間で揺れるパトリシア・ナイトがよい。DVDで見直していて、彼女の両義的な(どちらとも取れる)しぐさと表情はサークの演出によるのではないかと思った。ナイトはそれほど芸達者ではない。あまり表情を作らず、服を替えたり、脚や胸元を見せたりするシーンが多い。つまりそこに出てくるという印象が強く、サークは小津同様、できるだけヒロインに演技をさせないよう努めているふうだ。ナイトは放っておいても謎めいた顔立ちなので、これを生かしたのかもしれない。本作のシナリオで彼女が置かれた苦境と切なさが伝わってくる。よい演出だと思う。

それで『眠りの館』のコルベールでも、ひょっとしたらサークは同じやり方を試みたのかもしれないと考えた。コルベールには「もっと自分に演じさせてほしかった」という悔しさが残ったかもしれないが、サークの方は、あのシナリオのもとで余計な演技をしないコルベールを撮ってみたかったのかなと。

カテゴリー: ダグラス・サーク, 映画   パーマリンク

コメントは受け付けていません。