Le Pire n’est pas toujours sûr

“Mais en même temps renaît le paradoxe : si le moment de la mort volontaire est l’instant absolu, est-ce le Souverain Bien qu’il nous fait atteindre ― puisque le Bien c’est l’Être et c’est la Vie ― ou le Souverain Mal? Incapable d’en décider, Genet abandonne l’immanence : il y a un Bien transcendant, un Dieu dont on ne peut enfreindre les ordres et qui damne, une Société toute-puissante. A partir de là, le cycle recommence : nous n’en sortirons pas. Le Mal est toujours ailleurs : si je le cherche dans le Sujet, il saute dans l’Objet; si je cours à l’Objet, il revient dans le Sujet.Caché, latéral, évanescent, il emprunte toute sa force au Bien. Mieux : c’est l’âme grasse des gens de bien qui fait sa nourriture préférée. Celui qui veut le Mal pour le Mal est terrassé, aveuglé, transi par le Bien; mais celui qui prétend, dans le paix de son coeur, se conformer aux bons principes, c’est celui-là que pourrit par en dessous l’existence immonde et veloutée d’une postulation satanique.《Le Pire n’est pas toujours sûr》, dit Claudel. En effet, pour Genet, il n’est pas sûr. Mais pour celui qui proclame qu’il n’est pas sûr, pour le gros plein d’Être qui tourne tout à la gloire de Bien, pour celui-là le pire est toujours sûr : le Mal que Genet cherche en gémissant, il est tranquillement installé dans le coeur de Claudel” (Saint Genet, Comédien et martyr (Gallimard, 1952 et 2011), LivreⅡ‘Première conversion : Le Mal’, ‘Un travail quotidien, long et décevant’ p.191-2).

「だが同時にまた逆説が生まれる。意志的な死の時が 絶対的 瞬間なら、それは私たちを至高の善へ到達させるのだろうか――善とは存在であり、生だから――、それとも至高の悪へだろうか。これを決定できず、ジュネは内在を放棄する。すなわち超越的善、その命令に背くことができず、劫罰をもたらす神、全能の社会がある。ここから再び循環が始まり、それを私たちは脱することはないだろう。悪はつねによそにある――私が主体の中に探せばそれは客体の中に逃げ、私が客体に行けばそれは主体に戻る。隠され、脇にのけられ、消えてゆく悪は、そのすべての力を善に借りている。それどころか、悪の好物は善人たちの肥満した魂である。悪のために悪を欲する者は善によって打ちのめされ、盲目にされ、凍える。しかし、安らかな心でよい原理に従っていると主張する者は、悪魔的な請願の、汚れてすべすべした存在を通じて内部から腐敗している。「最悪は必ずしも確実ではない」とクローデルは言う。じっさいジュネにとって最悪は確実ではない。しかし、それが確実ではないと宣言する者、存在に肥え太り、すべてを善の栄光に転じる者にとって最悪はつねに確実である――ジュネがうめきつつ求める悪はクローデルの心に安住している」(『聖ジュネ』、第二部「最初の回心:悪」、「長く、あてにならない、日々の仕事」)。

いきなりこのような引用をしても何が何やらかもしれない。サルトルはジュネ論で、十代後半のジュネの生き方を著作に基づいて分析し、その生き方に認められる多くの矛盾を解読する方法として回転ドア tourniquet という概念装置を提案している。思考と行動の参照枠組み二組の、一方から他方への移行ということである(交互に行き来することもある)。

一般に、矛盾は解消不能なままに留まるか、または対立を保存して止揚される。サルトルが回転ドアの比喩で言うのは、解消されない矛盾の状態のひとつだ。お前は盗んだ、という他者の言葉によって社会から放逐された幼いジュネは、それなら自分の意志で泥棒になってやると決意する。日々の行動としては盗みを働くのだが、同時に彼の頭にあるのは泥棒になることである。サルトルは幼いジュネの意識の中に、行為のカテゴリー(悪をなす)と存在のカテゴリー(悪人である)が同居していると考える。

存在のカテゴリーにおけるジュネの試みは無理すじである(もともと悪い少年ではなかったので)。ジュネは裏社会においてこれぞ悪人とみなされる悪人になろうとするが、ひ弱でたいしたこともできない彼の器ではない。仕方なく彼は男娼として裏社会の顔役の下僕となり、顔役を悪の化身にすると同時に自分をこの男と同一化することによって、‘自分において’悪の存在を実現しようとする。しかし、その顔役も悪を演じているだけであり、ジュネのもともと鋭い意識は顔役の仮象と、彼に同一化しようとした自分の仮象の両方に気づく。それなら、と、ジュネは自分で理想の悪を作ってしまおうとする。ジュネの意識は自分を泥棒よばわりした他者の原視線を取り込んで鋭敏なので、たえず自分を観察しているこの反省的自己意識を、悪の原点、ラスボスの地位につけるのである。これがいわゆる聖ジュネだ。

しかし、彼がじっさいにやっていることはしがないかっぱらいと売娼にすぎない。存在のカテゴリーにこだわっているかぎり、彼の意識は仮象(存在のみかけ)を作っては引き剥がすことの連続である。そこで彼はもう一つのカテゴリー(行為)へ目を向ける。すなわち、悪をなす。これを徹底するなら、求められるのは最悪をなすことだ。最悪とは何か。ここからジュネの苦行が始まる。彼はその著作において、理念的最悪を物語の登場人物の思考と行為を借りて語っている――存在することの絶対的な破壊と、自分が絶対に犯したくない行為をあえて犯すことである。たとえばある登場人物は、自分が愛する年端もいかない少年を、そうしてはならぬという意識を持ちながら虐殺し、死刑になる。存在の充溢が善であるとすれば、自分が愛する存在を善意に逆らって殺し、自分もまた殺されるということは、最悪なのではないか、というわけだ。でもジュネにこれができるのか。できない。それだけではなく、これができたとしても、もう悪ではないのでは? なぜなら最悪をなそうとする意図と行為が最高度の力を発揮してしまうからである。この力はれっきとした存在だから、存在の破壊であるはずの悪が、存在を作り出してしまうではないか。

こうした事情をサルトルは回転ドアと呼んでいる。じっさいには、ジュネは行為のカテゴリー上にある暫定的な解決策(暫定的、というのは、この解決も再び回転ドアの次の回転を準備するだけだから)を見出すが、それは読んでのお楽しみ(先の引用箇所の直後に書いてある)。

回転ドアというこの概念装置を念頭にもう一度先の引用を読んでいただければ、否定性でしかない悪が善に頼らざるを得ないこと、善の栄光を宣言する者の心にこそ悪が住み着いているということの意味は明瞭だろう。

ところでこの『聖ジュネ』からの引用の意図は、サルトルのフローベール論に繰り返し出てくる「最悪は確実である Le Pire est toujours sûr」の出典がクローデル『繻子の靴』であると報告することにある。

『繻子の靴』には、物語に先立って、序文に相当する短い文章がある。この演劇がどのように上演されるのがよいかについての簡潔な覚書である。これが作者自身による添え書きなのか、それともすでに物語が始まっているのかは不明だ。この文章の最後はこうなっている。

L’ANNONCIER, un papier à la main, tapant fortement le sol avec sa canne, annonce :

LE SOULIER DE SATIN

ou le pire n’est pas toujours sûr

action espagnole en quatre journées.

(口上役は、片手に一枚の紙を持ち、杖で激しく床を叩いて、告げる――

繻子の靴

あるいは

最悪必ずしも確実ならず

四日間のスペイン風芝居)

先のサルトルの引用で、あたかもクローデルがすべてを善の栄光に帰する肥満的楽観主義者であるかのように書かれているのは不当である。たしかに「最悪は必ずしも確実ではない」という主張は、どんなことの背景にも最善を期する神の意志があるというライプニッツ的楽観主義を表明している。『繻子の靴』の守護天使がプルエーズに語る、「罪さえも役に立つ」という言葉はこうしたオプティミズムへの、作者の加担の証左ともみなせる。しかし、クローデルは本作においてカトリシズムの擁護に終始しているわけでない。むしろ『繻子の靴』が提示するできごとは、最悪とは何かに関するみごとな例証である。「最悪は必ずしも確実ではない」は、クローデル自身の公準ではない。

この点をお断りした上で、サルトルのフローベール論にこの命題がどのように登場するのかを記しておく。

『家の馬鹿息子』第一部は、フローベール家の所産としての少年ギュスターヴを初期著作の分析を通して描く。なかでも6「父と息子」および7「二つのイデオロギー」は重要である。「父と息子」の最初の章では、「汝何を望まんとも」「地獄の夢」「フィレンツェのペスト」「情熱と美徳」「この香を嗅げ」「愛書狂」などの小説が取りあげられ、この章を閉じるにあたり、サルトルは十三歳のギュスターヴによる断片「地獄の旅 Voyage en Enfer」に戻っている(「始まりによって(本章を)締め括ることにしよう Nous finirons par le commencement」注1)。この頃(中学時代)、ギュスターヴは文芸新聞「芸術と進歩 Art et Progrès」を創刊した(執筆者は彼ひとり)。「地獄の旅」はここに掲載されたが、現存するのは数葉の断片のみである。その結末は、当時のギュスターヴのペシミズム(先に引用したライプニッツ的最善観がオプティミズムと呼ばれるのとは対照的な意味での)をよく示している。

注 1 L’Idiot de la famille (Gallimard, 1988)  Tome Ⅰ, p. 325.

《―Montre-moi ton royaume, dis-je à Satan.

《―Le voilà!

《―Comment donc?

《―Et Satan me répondit :

《―C’est que le monde, c’est l’Enfer.》

(「おまえの王国を見せてくれ」と、私はサタンに言った。「ここがそうさ!」「どういうことだ?」 するとサタンは答えた。「この世が地獄なのさ」)

この世界を前にした時のギュスターヴの態度――「地獄の旅」が明らかにするような――について、サルトルは次のように述べている。

“En ce qui concerne notre auteur, après cette étude rétrospective qui prouve la sincérité profonde et l’ancienneté déconcertante de sa désolation, de son ennui, de son pessimisme et de sa misanthropie, il semble prouvé que naître à cette époque, dans cette famille et y naître cadet, c’était tomber dans un piège mortel. La tache de la jeune victime était d’intérioriser dans le déplaisir les contradictions de ce produit transitoire et mal équilibré : un groupe semi-domestique fondé et dominé par un mutant dont l’enfance avait été paysanne et qui avait saute d’un coup dans la couche supérieure des classes moyennes avec le titre de《capacité》, conservant en lui ce mélange détonant : des traditions rurales et une idéologie bourgeoise. en ce sens l’enfant que nous avons rencontrés à travers ses premiers ouvrages n’est rien d’autre que cette famille elle-même, en tant qu’elle est vécue par un de ses membres, défini a priori par la place qu’il y occupe, comme la substance réelle de la subjectivité commune. Or ce membre, détermination de l’intersubjectivité, saisit en lui le vécu comme damnation pure et simple, il fait en vivant l’expérience de l’impossibilité de vivre. Comment cela peut-il être? Comment ce rejeton d’une famille heureuse et prospère en vient-il de si bonne heure à haïr l’espèce humaine, à commencer par lui, à voir dans tous les hommes des victimes et simultanément des bourreaux? D’où vient qu’il ait eu, de si bonne heure, 《un pressentiment complet de la vie》, ce qui signifie à la fois qu’il a considéré toute existence humaine comme un Destin et qu’il a décidé que le pire était toujours sûr? ” (L’Idiot de la famille (Gallimard,1988) Première partie : La constitution, Ⅵ. Père et fils, A. Retour à l’analyse régressive, p. 329-30)

「その悲嘆、倦怠、ペシミズム、そして人間嫌いが深く真摯で驚くほど古いことを証明するこの遡求的研究を終えて、私たちの作家について見ると、この時代のこの家庭に生まれること、そこに弟として生まれることは、致命的な罠に陥ることであったと証明されたように見える。若い犠牲者の務めは、過渡的で不安定なこの所産の諸矛盾を、不快さのうちに内面化することだった。この所産とは、一つの半家父長制的集団――農民としてその少年期を送り、《有能》の称号とともにひと飛びに中流階級上層へ移行し、農村的伝統とブルジョワ的イデオロギーの、この爆発性混合を自己のうちに留めているミュータント(注2) によって創設され、支配された半家父長制的集団のことである。この意味で、初期作品を通して私たちが出会った子供は、この家族それ自体である――この家族が一人のメンバーによって生きられる限りで(このメンバーは家族に占める位置によってアプリオリに、共同主観性の現実的実質として規定される)。ところで、間主観性の規定であるこのメンバーは、自分のうちにたんなる純粋な劫罰として生体験(生きられたもの)を把持し、生きながらにして、生の不可能性を体験する。どうしてこんなことがあり得るのか。この幸せで恵まれた家族に芽吹いた新芽が、これほど早い時期から、自分を始めとして人類を憎み、あらゆる人間のうちに、被害者と同時に加害者を見るに至るのはどうしてなのか。これほど早い時期から、「人生の完全な予感」――それは彼が、あらゆる人間的存在を一つの宿命とみなしたこと、そして最悪は確実であると決めたことを同時に意味する――を彼が持ったのはどのようにしてなのか」。

注2 ギュスターヴの父アシル-クレオファス。

最悪は確実であるという若いギュスターヴの公準は、この記述の後でも繰り返し持ち出される。ギュスターヴ自身のテクストにあるかのように繰り返されるのだが、すでに見たようにこのフレーズは『繻子の靴』から採られたものだ。

回転ドアや負けるが勝ちなど、フローベール論の重要な概念の中にはジュネ論に起源を持つものもある(実践的惰性態のような『弁証法的理性批判』由来の概念ももちろん活躍している)。フローベール論自体が大部なのでこれを言うのははばかられるのだが、先行する著作を合わせ読むことで『家の馬鹿息子』のおもしろさが増すことはたしかである。

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