リヴェット「ノロワ」のシナリオ

リヴェット「ノロワ Noroît」について、ここでは次の3点を指摘する。

1. 登場する音楽家たちはMorag(Geraldine Chaplin)とErika(Kika Markham) の復讐の対象に入っていない。いくつかの場面で即興演奏している彼らは、「デュエル」のピアニスト同様、進行するできごとを見聞きはできるが、そこから切り離された次元にいるかのようである。

2. MoragとErikaが語る英語のセリフはエリザベス朝時代の殺人劇 The Revenger’s Tragedy(Cyril Tourneur作と伝えられている)から採られている。「ノロワ」の各場面でThe Revenger’s Tragedy のどのセリフが用いられているかを明らかにする。(注1)

3. Morag とErika の標的は計14人(本作の最初の死者、すなわちErikaが崖の上の斜面で突き倒し、岩で頭部を叩いて殺す女を除けば13人)である。彼(女)らがどんな順序でどのように殺されていくかを確認する。

注1 The Revenger’s Tragedy のセリフは The Project Gutenberg EBook of A Select Collection of Old English Plays, Volume 10 (https://www.gutenberg.org/files/46412/46412.txt) から引用した。本作には日本語訳がある(エリザベス朝演劇集Ⅳ、シリル・ターナー、小田島雄志訳『復讐者の悲劇/無神論者の悲劇』、白水社、1996)。小田島訳は上演を想定して流麗闊達な日本語に意訳することが多く、このエントリーの実質的な目的(意味を明確にすること)と必ずしも合致しない。そこで本稿では小田島訳を参考に直訳を試みた。リヴェット映画祭(2022年)で上映された「ノロワ」の字幕のうちThe Revenger’s Tragedy に基づく英語に対応する部分は、おそらくリヴェットらのシナリオから訳出されたものだろう。ターナー作品のコンテクストとは一致しない箇所もあるが、映画字幕であり、やむを得まい。

以上3点は、「ノロワ」のシナリオと演出に仕掛けられたいわば装飾であり、これらの仕掛けが錯綜しているせいで映像や演出に集中しにくいと感じる鑑賞者もいるだろう。3点をあえてくわしく説明する目的は、「ノロワ」の撮影(William Lubtchansky)、ロケーションとセット、即興性を重視した演出、演技と同期する音楽を堪能するために、これらと積極的な関わりを持たない(全然持たないと言うつもりはない)細部から解放されることである。したがって、この記事を通して「ノロワ」に関する理解が深まるといったことは期待できない。ただ「ノロワ」のシナリオの入り組んだ仕掛けを過剰に気にする理由はなくなるかもしれない。本稿はこういう消極的な目的で書かれている。そしてエントリーの性格上、以下の記述にネタバレでないものはない。未見のかたは読まないでほしい。

「ノロワ」冒頭。海辺で自分の兄弟の亡骸を抱きしめ、身内のほとんどを死に追いやった者たちへの復讐を誓うGeraldine Chaplin のショットだ。初めフランス語で語る彼女の言葉は切れ目なく次の英語のセリフ(Impudence! からlet me blush inward まで)に続く。これはThe Revenger’s Tragedy、第1幕第3場からの引用である。

“(Let blushes dwell i’ th’ country. ) Impudence!

Thou goddess of the palace, mistress of mistresses,

To whom the costly perfum’d people pray,

Strike thou my forehead into dauntless marble,

Mine eyes to steady sapphires. Turn my visage;

And, if I must needs glow, let me blush inward”

(「(恥じらいなどは田舎暮らしをさけておけ。) 図々しさよ、/おまえ、宮殿の女神、女王の中の女王、/高価な香水をつけた人々が祈る相手よ、/さあ、おれの額を揺るぎない大理石に、おれの目を/ひるまないサファイアにしてくれ。この顔つきを変え、/恥じるべき時は心のなかで赤面させてくれ」第1幕第3場、Vendice)

The Revenger’s Tragedy の主人公Vendiceは、かつて自分の婚約者を、彼女に情交を迫って拒絶された老公爵の手で毒殺された。この主人公は婚約者のしゃれこうべ(頭蓋骨)を自室に置き、老公爵への復讐を誓っている(Vendice は「復讐者」を意味する)。第1幕第3場で彼は変装して鉄面皮な男になりすまし、公爵の息子の「内密な用事」(自分になびかない娘を誘惑し説得すること)を手伝う。このセリフは impudence(図々しさ、あつかましさ) に向かって、復讐実現のため、自分を恥知らずにしてくれ、この顔つきを変えてくれと呼びかけるもの。「ノロワ」の最初のショットで同じセリフを口にするGeraldine Chaplinは遠景に敵たちの居城を見ており、復讐の決意を新たにしている。

さて少し後、Moragと再会したErika(復讐の標的1人を殺した直後で、手は血に濡れている)は、すでに疲れたように「まだ13人残っている」と言う。Giulia(Bernadette Lafont)が支配する城の中の標的はこれだけの数いるということだ。

最初にそのBernadette Lafontが登場するショットは、林の中を4人の男女が馬に乗って緩やかに進むマグリット風のそれであり、4人の内訳は、Lafont、Jacob(Humbert Balsan)、Ludovico(Larrio Ekson)、そして無名の青緑色のシャツ(光のあたり方によって青にも緑にも見える)を着た髭面の男。続くショットとセリフから、4人は城への帰還途上であり、盗賊団の他のメンバーは彼(女)らとは別行動を取って海賊行為を働いていたことがわかる。盗品とともに上陸を始めた海辺の仲間のもとへ、Giuliaの指示で髭面の男は自分たちの帰還を知らせに行く。ここからしばらくセリフなしの場面になる。やってきた髭面の男にErikaがなにごとか話しかけ、2人きりでどこかへ向かう姿がショット内に見られる。ややあって男はぷかぷか断崖下の波間に浮かんでおり(その経緯を説明するショットなし)、自力でそこから這い上がれない様子。さらにしばらくして彼は溺れている。つまりこの男が次の犠牲者である。

ここで残りの復讐対象の内訳をまとめておこう。スペルはクレジット(注2)による。数字は殺される順序である(Giuliaは2度死ぬため数字が2個ある)。

Giulia(Bernadette Lafont) 盗賊団の首領。MoragとErika の最も重要な復讐対象(13,15)。

Regina(Babette Lamy)  Giuliaの妹。贅沢だが幽閉同然の生活を送っている(4)。

Elisa(Elisabeth Medveczky)  Reginaの娘。母よりも伯母Giuliaを慕っている(14)。

Celia(Danièle Rosencranz)  Reginaの奴隷。Giuliaによって誘拐されて城に来た(6)。

Jacob(Humbert Balsan)  Giuliaの腹心で愛人。Reginaとも関係している(11)。

Ludovico(Larrio Ekson)  Giuliaの腹心。じっさいにはGiuliaが隠した財宝のありかを探っている(7)。

Fiao(Anne-Marie Fijal)  城の雑用係(丸顔・明るいブルネット)。名を呼ばれることはない(5)。

Charlotte(Carole Laurenty)  城の雑用係。最初の晩餐シーンで料理の大皿を運びながら即興で歌う。名を呼ばれることはない(9)。

Arno(Anne-Marie Reynaud)  Giulia配下の小グループのトップ(12)。

Tony(Marie-Christine Meynard)  Arnoグループのメンバー。Giuliaの専制に反発したArnoによってGiulia暗殺を委ねられるが失敗し、Arno自身の手で殺される(3)。

Romain(Anne Bedou)  Arnoグループのメンバー。最初の晩餐のシーンでArnoから名を呼ばれる(10)。

Arnoの弟(Georges Gatecloud) 名を呼ばれることはない。黒髭(8)。

注2 このクレジットは The Jacques Rivette Collection(BD/DVDボックス、Arrow Films、2015) のブックレットに添付されているものである。「ノロワ」本編のクレジットにはキャスト名だけが載せられている(役名の表記はない。またErikaが最初に殺す女と次の犠牲者のキャスト名は本編にもブックレットにも記載されていない)。ここに掲げる役名は前記ブックレットp.123の記載による。Fiao とCharlotte の名は劇中で一度も呼ばれないので、その識別はAnne-Marie Fijal 自身のウェブサイトにある映像によって行なった(Fijal は本作制作当時、すでに作曲家として活動していたが、「ノロワ」の音楽は担当していない。本作の音楽は映画に登場する3人の音楽家による即興演奏と見られる)。なおこのソフトは2Kレストア版で、2022年のリヴェット映画祭で上映されたものと同一のヴァージョンだが、英語のセリフには字幕が付いていない(英語話者向けのソフトだから不思議はないが、「ノロワ」がフランス国内で最初に公開されたとき、英語のセリフにフランス語字幕が付されていたのかどうかはわからない)。

ご覧の通り、ここに3人の音楽家は含まれない。彼らはラストの死の舞踏(仮面舞踏会)でも伴奏を務めるが、それ以前に登場するときと同様、できごとの進行とは異なる次元に位置しているように見える。たしかに最初の晩餐の場面でCharlotteは彼らの演奏に合わせて歌うし、仮面舞踏会の準備の際、楽器を調律する彼らの様子を見たElisaは太鼓を叩いて通り過ぎる。しかしこれらの動作は、劇中人物たちの見ているものが私たち観客の目にするものと同じであることの証拠にはならない。Charlotteは独唱しているつもりだったのかもしれないし、Elisaはしょっちゅうダンスの振り付けのようなしぐさをするからである。「デュエル」のピアニストがそうだったように、「ノロワ」の3人の音楽家も、彼らの側からすればたしかにできごとの立会人だが(しばしばできごとに合わせて即興演奏するので)、必ずしも劇中人物たちのそれと同じ次元にはいない。これが説明されるべき第1点だった。

3番目に殺されるTony のエピソードは見ればわかるので省略し、Tony の襲撃からGiulia を救ったことで(もちろんこれはErika とともに仕組んだ計略である)、Morag がGiuliaのボディガードとして城に潜入するのに成功した後のエピソードに進もう。深夜、悪夢にうなされたGiulia が、Jacob を連れて寝室に入ると、Morag とErika は彼女たちの部屋でやっと2人きりになり、抱擁しあってそのまま眠ってしまう。少し明るい光が差してきて、目覚めた2人が交わす会話は英語である。これもThe Revenger’s Tragedy、第1幕第3場から採られたもので、「原作」ではVendiceと彼を雇おうとしている公爵の息子 Lusurioso の対話(始めのカッコ内は省略。Vendice 単独のセリフもMorag とErika が分担して語る。VEN=Vendice、LUS= Lusurioso)。

“VEN. (Brothers with brothers’ wives. ) O hour of incest!

Any kin now, next to the rim o’ th’ sister,

Is man’s meat in these days; and in the morning,

When they are up and dress’d, and their mask on,

Who can perceive this, save that eternal eye,

That sees through flesh and all? Well, if anything be damn’d,

It will be twelve o’clock at night; that twelve

Will never ‘scape;

It is the Judas of the hours, wherein

Honest salvation is betray’d to sin.

LUS. In troth, it is true; but let this talk glide.

It is our blood to err, though hell gape wide.

Ladies know Lucifer fell, yet still are proud.

(「VEN. (兄弟は彼らの妻と。)まさに近親相姦の時間。/妹のあそこを皮切りに、血族のだれにでも/いまの男は喰らいつく。朝になって/起きて着がえ、いつもの仮面をかぶれば、/だれも気づきようがない、なんでもお見通しの/神様の目をのぞいては。そう、何かが地獄に堕ちるとすれば、/その時間は真夜中だ、午前零時だけは/けっして逃げない。/それは時間の中のユダの時間、そこで/いつわりなき救いは裏切られ、罪の手に落ちる。/LUS. ほんとうに、間違いない。だがこの話はもういい。/地獄が大きく口を開けていても誤るのが私たちの情欲。/ルシフェルの失墜を知りながら女たちはなお高慢だ。」第1幕第3場)

「ノロワ」の復讐者2人の対話に至る長回しのショットは美しい。デュラス「インディアソング」に、複数の人物がその中で活人画のように静止し、しばらくして後ろから朝日が差しこんでくるショットがある。本作のいま指摘した箇所はこれを思わせる。余談だが、最初に映画館で本作を見た時(今年6月)、「近親相姦」をめぐるこのモダンなセリフがエリザベス朝演劇のものとは信じられず、「ノロワ」の英語のセリフにThe Revenger’s Tragedy 以外のものが含まれているのかと勘違いした。それゆえ小田島雄志訳「復讐者の悲劇」を読んで「近親相姦の時間」のくだりに再会したときは驚き、うれしくもあった。

続いてRegina の最期をめぐる重要な物語に移ろう。ここにはThe Revenger’s Tragedy の中心をなすエピソードが取り入れられている(映画では、複数の場面で同じセリフが反復されるだけでなく、Regina殺しを再現する「劇中劇」のシーンにおいて、「原作」中の対応する場面が長く引用される)。

The Revenger’s Tragedy の主人公は、公爵の息子の鉄面皮な腹心になりすますことを通じて老公爵に接近する。Vendiceの素性に気づいていない老公爵も自分の女遊びの仲介者として彼を利用する気になり、これに応えてVendiceは格好の女を呼び出す手はずを整えたと嘘をつく。じっさいには暗い納屋に少女を模した人形を横たえ、彼自身の婚約者のしゃれこうべを頭部に据えて仮面を付け、その唇に毒薬を塗っておく。なぜこんなバカげた話をリヴェットが引用したのか不明だが、とにかくこの計画は成功し、毒の回りつつある老公爵は復讐の経緯と死後の自分が被る恥辱を知らされる。その上同じ納屋には公爵夫人と老公爵自身の庶子が密会しにやってくる。彼らの会話を聞いた老公爵は絶望して死ぬ。

以上の設定は「ノロワ」のRegina の最期にそっくり取り入れられている。彼女はMoragの兄弟の亡骸(愛人Jacobによく似たこの死体は、唇に毒薬を塗られて、彼女のベッドに横たえられている)にキスし、その上ほんものの Jacobと娘Elisaの獣のような交接を目の当たりにして死ぬ。これらを仕組んだのはMoragである。

“I have not fashion’d this only for show

And useless property; no, it shall bear a part

E’en in its own revenge. This very skull,

Whose mistress the duke poison’d with this drug,

The mortal curse of the earth shall be reveng’d

In the like strain, and kiss his lips to death.

As much as the dumb thing can, he shall feel:

What fails in poison, we’ll supply in steel”.

(「こんなもの(注 婚約者のしゃれこうべ)を用意したのは、ただ見せ物のため、/役立たずの小道具のためではない。ちがう、本人にも/自分の復讐劇で一役演じてもらうのだ。まさにこの骸骨、/あるじの女を公爵が殺した骸骨が、この毒薬で、/大地の死の呪いで、同じ形の/復讐をなし遂げる、公爵の唇に死の接吻をする。/髑髏にできるかぎり、公爵は思い知るがいい、/毒にできないことはおれたちが剣で補ってやる。」第3幕第5場、Vendice)

いよいよ復讐に着手しようとするVendiceの語りである。冒頭の “I have not fashion’d this only for show and useless property” には聞き覚えのあるかたも多いだろう。22年のリヴェット映画祭で上映された「ノロワ」では、Morag とErikaがMoragの兄弟の亡骸を入れた包みの周囲をめぐりながら呪文のように唱える英語のセリフに字幕が付いていないが、これもいま引用した箇所の抜粋である(2人は同じセリフをそれぞれ繰り返している)。またフィルムのラスト近く、Morag とErikaが2人きりで登場する海辺のシーンで、Giuliaの招待に応えてひとり城に戻ろうとするMoragを制止し、Erikaが激しい調子で口にするのも “I have not fashion’d this only for show and useless property; no, it shall bear a part e’en in its own revenge”である(noはほとんど絶叫)。このコンテクストに置かれると、this は2人の復讐の企み全体を意味する。「それにもそれ自身の復讐劇で一役演じてもらう」とここでErikaが言うとき、他でもない自分たち2人の手でなし遂げられる復讐劇が強調されている。しかし、MoragはErikaがすでにGiuliaの掌中に落ちたと判断しており、彼女にはErikaの言葉がうつろに響く。

「原作」では続いて老公爵が登場する(Ven.=Vendice、DUKE.=公爵、Piato=Vendice の偽名。Vendiceのセリフで「兄弟」と呼ばれるのは、復讐の計画を補佐し、この場にも隠れて参加している本当の兄弟である。また映画ではセリフの一部に簡略化/省略された部分がある)。後述する「劇中劇」は老公爵とVendiceの対話からなる。「原作」では途中他の登場人物が顔を出すが、フィルムの「劇中劇」はそういう箇所を飛ばしている。また以下の引用箇所の直後、老公爵は妻と自分の庶子の密会現場を目撃する。Reginaのエピソードを考慮すれば引用しておいた方がよいかもしれないが、あまりに長くなるので控えた(興味のあるかたは先述の The Project Gutenberg のサイトで続きをご覧になってほしい)。

DUKE. Piato, well-done, hast brought her! what lady is’t?

VEN. Faith, my lord, a country lady, a little bashful at first,

as most of them are; but after the first kiss, my lord, the

worst is past with them. Your grace knows now what you have to

do; she has somewhat a grave look with her――but――

DUKE. I love that best; conduct her.

VEN. Have at all.

DUKE. In gravest looks the greatest faults seem less.

Give me that sin that’s rob’d in holiness.

VEN. Back with the torch! brother, raise the perfumes.

DUKE. How sweet can a duke breathe! Age has no fault.

Pleasure should meet in a perfumed mist.

Lady, sweetly encountered: I came from court,

I must be bold with you. O, what’s this? O!

VEN. Royal villain! white devil!

DUKE. O!

VEN. Brother, place the torch here, that his affrighted eyeballs

May start into those hollows. Duke, dost know

Yon dreadful vizard? View it well; ’tis the skull

Of Gloriana, whom thou poisonedst last.

DUKE. O! ‘t has poisoned me.

VEN. Didst not know that till now?

DUKE. What are you two?

VEN. Villains all three! the very ragged bone

Has been sufficiently reveng’d.

(……)

Alas! poor lecher: in the hands of kraves,

A slavish duke is baser than his slaves.

DUKE. My teeth are eaten out.

VEN. Hadst any left?

(……)

Then those that did eat are eaten.

DUKE. O my tongue!

VEN. Your tongue? ’twill teach yon to kiss closer,

Not like a slobbering Dutchman. You have eyes still:

Look, monster, what a lady hast thou made me!

My once betrothed wife.

DUKE. Is it thou, villain? nay, then–

VEN. Tis I, ’tis Vendice, ’tis I”.

(公爵. ピアトか、よし、彼女を連れてきたな。どんな女だ。/VEN. それが公爵様、田舎娘で、初めは少し恥ずかしがるかもしれません。田舎娘はたいていそんなものです。でも一度キスしたら、公爵様、もう大丈夫。どう扱えばいいかはご存じの通りです。どことなくおごそかな顔をしていますが――/公爵. そういう女がいい。連れてこい。/VEN. さあ、はじめよう。/公爵. おごそかな顔は大きな罪を小さく見せる、/聖なる衣をまとった罪を味わいたい。VEN. 松明をもってさがれ兄弟、香をたくんだ。/公爵. 公爵の吐く息のなんて甘いこと。年など問題ではない。/快楽は香をたいた暗闇で出会うべし。/お嬢さん、会えてうれしい、わたしは宮廷からきたのだ、/失礼するよ。お、何だこれは、おお。/VEN. 悪党公爵、白い悪魔。/公爵. ああ。/VEN. 兄弟、松明をここへ、こいつの目玉が驚いて飛び出し、/骸骨のうつろな穴にはまるように。公爵、/その恐ろしい仮面がわかるか。よく見るがいい、それは/グロリアーナの骸骨、おまえが最後に毒殺した犠牲者だ。/公爵. それがわたしを毒殺するのか。/VEN. やっと気づいたか。/公爵. おまえたち2人はなにものだ。/VEN. おまえと合わせて悪党が3人。みすぼらしい/この骸骨もこれで十分恨みを晴らせたろう。/(……)ああ、好色漢もあわれなものだ、悪党の手にかかると/奴隷なみに卑しい公爵が奴隷以下になりさがる。/公爵. 歯が食いちぎられるように痛い。/VEN. まだ歯が残ってたか。/(……)さんざん食いちぎってきた歯が食いちぎられるのか。/公爵. ああ、舌が。/VEN. 舌? そいつは教えようとしている、よだれをたらす野良犬のようなのではない、/ちゃんとしたキスのやり方を。目がまだ大丈夫なら、/見ろ、化け物、よくもこんなひどい姿に/変えてくれたな。おれのかつてのいいなずけを。/公爵. おまえか、悪党。すると――/VEN. そう、おれだ、Vendiceだ。」第3幕第5場)

Regina の死の直後、城の広間では奇妙な催しが行なわれる。メンバー全員の前で、Morag とErikaがThe Revenger’s Tragedy の老公爵殺害の場を演じるのである(Erika = Vendice、Morag = 公爵)。ここではいま引用したセリフのほとんどが用いられる。この劇中劇は、じっさいにはGiuliaの指示で行なわれたRegina殺害の事実を隠すため、劇を見て動揺した者を犯人に仕立て上げることを狙っている。こうしてFiaoが5番目の犠牲者となる(彼女を血祭りにあげるのはGiuliaだが)。

「ノロワ」にはこの後もう一箇所、The Revenger’s Tragedy からの引用がある。Regina殺しの犯人にされた無実のFiao が、他のメンバーの目の前でGiuliaによって喉を割かれた後、Morag が「なぜ天は世界を破壊しないのか」と訴える場面である。「原作」の第2幕第1場と第2場のVendiceのセリフ3つが結びつけられている。

O sovereign heaven, with thy invisible finger,

E’en at this instant turn the precious side

Of both mine eyeballs inward, not to see myself.

(「ああ至高の天よ、あなたの目に見えない指で、/たったいま、私の両眼のだいじな表側を/裏返しにしてください、私自身を見ないですむように」第2幕第1場、Vendice)

“Why does not heaven turn black, or with a frown

Undo the world? Why does not earth start up,

And strike the sins that tread upon’t?”

(「なぜ天は真っ黒になり、顔をしかめて/世界を破壊しないのか。なぜ大地は驚いて立ち上がり、/自分を踏みにじる罪を撃たないのか。」第2幕第1場、Vendice)

Now must I blister my soul, be forsworn,

Or shame the woman that receiv’d me first.

I will be true: thou liv’st not to proclaim.

Spoke to a dying man, shame has no shame.

(「魂を火ぶくれにして嘘をつくべきか、/それとも最初におれを抱きあげた母親に恥をかかせるべきか。/真実を言おう――おまえはそれを公言するほど長くは生きない(注 この「おまえ」は公爵の息子のこと。Vendiceはここで自分の母親が誘惑に負けつつあることを公爵の息子に伝えるかどうか逡巡しており、この部分は傍白である)/死にゆく者に話したところで恥は恥ではない。」第2幕第2場、Vendice)

原作では、公爵の息子の手先となったVendiceが、他ならぬ自分の妹こそだまして誘惑する相手だと知る。やむなく変装して母と妹を訪れ、手を変え品を変えして公爵の息子の申し出を受けるよう説得する。最初のセリフでは、金貨を見せられた母が誘惑に動かされそうになるのを見て、母をだます自分の姿を見ないですむようにしてくれと、彼は天に訴える。その場に姿を表した妹は申し出を拒否するが、母はVendiceに従おうとしている。この母の態度を見ておおいに嘆くのが2つ目のセリフ、続く第2場、公爵の息子との対話の中で、傍白として語られるのが3つ目のセリフである。どれも大仰であり、「原作」ではいくぶんコミカルだが、「ノロワ」のコンテクストに置かれるとほんものの嘆きになる。

以上がThe Revenger’s Tragedy からの引用のすべてである。「ノロワ」はThe Revenger’s Tragedyの翻案ではまったくなく、いくつかのモティーフと設定を借用しているだけであること、とはいえ英語のセリフの引用は、復讐者2人の孤独と悲痛のなかなかすぐれた表現になっていることがわかる。これが説明されるべき第2点だった。

最後の論点に進もう。登場人物たちはどんな順序でどのように殺されていくか、である。読者(そういう者がいるとして)の中には、映画を見て自分で確認すればよいだけのことだと言われるかたもいるだろう。もっともである。私としては、ディスクで見ても、映画館で見ても、なおかつわかりにくかったので、自分にわからせる程度の意味でこれを書いている。そんなことがあるものかと思われるかたは、ご自分で殺しの順序を書き出してみるといい。もしきちんと思い出せなければ、この先は読まずにもう一度映画をご覧になってほしい。たぶんそれでも不明な点が残るだろう。そうだとすれば、あなたは「ノロワ」を見終えていない。その上で、このような記事にも多少の意義があることを認めていただきたい。

すでに述べたのは、最初に急斜面でErikaに殺される女、溺死する髭の男、Giuliaを襲おうとして失敗し、Arnoに殺されるTony、Giuliaの指示を受けたMoragに毒殺されるRegina、Regina殺しの濡れ衣を着せられて殺されるFiaoの5件である。十分長くなったので、この先は箇条書きしよう。

6 Celia 彼女はMoragが「なぜ天は世界を破壊しないのか」と訴えた直後に彼女とErikaがいる部屋を訪ね、自分はGiuliaに誘拐されてここにおり、Reginaの奴隷になっていたが、今後はMoragとErikaに協力すると言う(2人がなんらかの意図を持って城にやってきたことに気づいていたようだ)。さすがに次のシーンはほとんどの読者が覚えていると推測するが、本作にはGiuliaとLudovicoが即興でダンスをする素晴らしい長回しがある(Bernadette Lafontの情熱が沸騰している場面だ)。すでに述べておいたように、LudovicoはGiuliaが秘匿している財宝を狙っている。このダンスも彼女から宝のありかについてヒントを聞き出そうとする試みのひとつだ。ダンスの後で、GiuliaはLudovicoに「私と組むか」と尋ねる。これはもちろんLudovicoを試しているのだが、彼はまんまと彼女の罠にはまる。Giuliaは嘘の情報を彼に与える。これを盗み聞きしたCeliaは情報をMoragとErikaに伝えるが、かえって2人はCeliaがGiuliaのスパイであることを疑い、Celiaは Moragによって殺される。私はこれを本作の死の中でも痛ましいもののひとつだと思う。おそらくCeliaは自分が聞いた情報を真実と信じたのだろう。

7 Ludovico 彼の死の場面を覚えていない人は少ないはずだ。この件については省略する。

8 Arnoの弟 ここから先の殺人はすべて死の舞踏(仮面舞踏会)で発生する。まずダンスをするのはArnoとその弟だ。2人とも倒れるが、やや後でArnoだけ立ち上がる。弟は死んだ。

9 Charlotte 続いてRomain(Arnoグループのメンバー)とCharlotteのダンスになる。Romainは気合だけでCharlotteを殺す。

10 Romain 城に戻ってきたMoragとJacobの戦いがすでに始まっているが、この間Romainは次の標的としてElisaを選び、城の外の断崖に彼女を追う。ところが、身をかわしたElisaと入れ違いに断崖から墜落する。本作でもっとも情けない死に方と言えよう。

11 Jacob Moragとの戦いに破れる。彼の死の描写は本作の見どころのひとつ。

12 Arno GiuliaはArnoをダンスのパートナーに選ぶ。ただしGiuliaは毒針のついた指輪をしている(これはフイヤード「ヴァンピール」でもおなじみの、フランス映画では由緒ある凶器のひとつである)。ダンスするひまもなくArnoは悶絶して死ぬ。本作でも抜きん出て卑劣な殺しだ。

13 Giulia1 そこへJacobを倒したMoragがやってくる。Giuliaは逃げるが、Moragに心臓を一突きされて死ぬ。

14 Elisa 城を後にしようとするMoragは、反対に城に戻ろうとしていたElisaに出くわす。Elisaは「(今度は)私の番?」と尋ねるが、彼女にMoragはここを立ち去るように言う。ところが再びGiuliaが現れ、Elisaを自分の相続人に指名する。その証明となる飾りのようなものを首にかけられたElisaは、ショックを受けて死ぬ。

15 Giulia2  MoragにGiuliaは「今夜私は2人いる」と告げ、2人の最後の戦いが始まる。2人は刺し違えてともに死ぬ。

以上が説明されるべき第3点だった。

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