ジーバーベルク「ルートヴィヒ」について

ハンス・ユルゲン・ジーバーベルクのオペラ「ルートヴィヒ」を聴いてきた(アテネフランセ文化センター)。
芸術という集合的概念(様式はごたまぜだから)に対して、芸術に個別の断面を作り出す創造物を作品と呼ぶなら、19世紀西欧の音楽芸術にとって唯一無二の作品は「トリスタン」だった。
20世紀のオペラと映画にとって「トリスタン」に匹敵する作品といえば、ジーバーベルクの「ルートヴィヒ」だろう。彼はこの作品のために新しい音楽を書いてはいないが、そんな細かいことはどうでもよい。
「トリスタン」は王のための音楽だった。ルートヴィヒ2世の治世末期、バイエルンは社会民主主義運動の勃興によって揺れていた。ひたすら王を慕う民衆の中から、市民という自意識を持った新興勢力が分離しつつあった時代である。ただし民衆も市民も、ワーグナーを聴かなかった。「ルートヴィヒ」第2部後半、ジークフリートの葬送音楽が流れる中、作中の王は自分の見た夢についてこう語る。「『神々の黄昏』の上演中、だれかが笑い声を上げるのが聞えた。そのうちある女が勝手に歌い始めた。ひどいことだ。」
「ルートヴィヒ」は、王が自分の肉体の死と、自分の不滅の魂の力によって「トリスタン」を賛美するオペラである。「トリスタン」が王のための音楽であるように、「ルートヴィヒ」は芸術作品に捧げられた“王の”オペラなのである。王自身は芸術作品に対して応答しない。だから別の匿名作家が王の応答の行為を代行しなければならない。ジーバーベルクは、ただルートヴィヒの魂を鎮めることだけを意図してこの崇高な作品を作り上げた。「ルートヴィヒ」以前に、ワーグナーがこれほど真正な賛美を受けたことはたぶんないだろう。
作品は王の死を幾度も繰り帰すことだけで成り立っている。王の死はじっさいに映像化されるだけでなく、だれかの証言や作中の登場人物の示唆などによって、王の視点を離れて客観的に語られることもある。しかし、複数の視点から捉えられたこれらの王の死の場面は、この作品の中心ではない。なぜなら重要なのは王の死でなく、ワーグナーの音楽だからである。むしろ王の死はその都度異なるワーグナーの音楽によって解釈されるために繰り返されている。
第2部、「ワーグナーの死」という場面を見よう。ここで映像上死の身振りを担当しているのはワーグナーでなく、ルートヴィヒ自身である。イゾルデの愛の死の音楽を背景に、ルートヴィヒは王として、高貴な姿で少しずつ死を噛み締める。ワーグナーが自作の最高の箇所で描き出した死を、王が自らの肉体をもって死ぬのである。ところがこの場面の直後、一転して音楽はジークフリートの葬送音楽となり、王を逮捕しにきた奸臣どもの場面となる。奸臣たちは自らが利用しようとして失敗する「王の名において」という言葉によって退席させられる。この後「魂の不滅」への問いが王によって語られ、側近との愛が明示される場面はすばらしい。しかし、ここで注目したいのはその後の、ギロチンを前にした王の側の民衆の狂騒と、その後のヨーデルを伴う王の復活(あの二台のバイクの照明!)の場面である。
王は王を賛美する民衆の手で正しく処刑され、そして彼らの期待の見守る中で復活する、という妥当な解釈はこの際脇に置いておこう。重要なのはヨーデルと、その後で重なるワーグナーなのである。
この復活のシーンに匹敵するものは、私の記憶している限りではパゾリーニの「奇跡の丘」のラストだけだ。パゾリーニの「奇跡の丘」とジーバーベルクの「ルートヴィヒ」は、この場面に限らず、冒頭で述べた意味での稀少な「作品」だから、近いうちに両者の類縁についても書いてみたい。

カテゴリー: ルネサンス   パーマリンク

コメントは受け付けていません。