「秋のドイツ」(1978)

4月22日からアレクサンダー・クルーゲとニュー・ジャーマン・シネマの特集上映が始まった(アテネフランセ文化センターとドイツ文化センターの共催、@東京ドイツ文化会館)。私は初日の2本(ファスビンダーの「エフィー・ブリースト(1974)」とクルーゲら共同監督による「秋のドイツ(1978)」)、23日に上映された3本のうち2本(クルーゲ「昨日からの別れ(1966)」「サーカス小屋の芸人たち 処置なし(1968)」)を見た。ファスビンダー作品は素晴らしいが、クルーゲの、ぶっ飛びぶりと生真面目さとが同居する作風がたいへんおもしろいので、そのおもしろさをみなさんと分かち合いたいと考え、本日はクルーゲ、オンリーでいきます。まだ24日以降も彼の作品を何本か見るので、今夜は以上3作品を見た順に取り上げ、考えたことに少しだけ手を加えてまとめてみます。

「秋のドイツ」は、ファスビンダーの比較的長尺の作品「エフィー・ブリースト(144分)」に続いて見た。美しく均整の取れたモノクロの映像(特に屋内と屋外のショットのリズミカルな交代)と、大胆にエピソードをつないでいく彼一流の語り口を堪能した後なのに、その感動が少し薄らいでしまうくらい、「秋のドイツ」には衝撃を受けた。題材はともかくとして(いちおうこの後あらましを書くけれど)、一番強く印象づけられたのは構成の巧みさである。この映画は(間違ってそう思い込んでいる人もいるかもしれないが)オムニバス作品ではない。プロローグとエピローグの実写に挟まれた16の挿話のそれぞれを、異なる監督とカメラマンが撮っている(複数の場面を同一の組合せで撮っている場合もある)ことはたしかだが、すべてのエピソードはだれの制作であるかを明示せず切れ目なく続いている。つまり、複数の監督が撮った場面をクルーゲが単一の作品として編集しているのである。

制作のきっかけとなった事件の経緯はこうだ。ダイムラー・ベンツ社の重役でドイツ財界の中心人物だったアンドレアス・シュライヤーがドイツ赤軍(RAF)によって誘拐され、赤軍は獄中の同志の解放を政府に要求する。要求が拒絶されると彼らは次にルフトハンザ機をハイジャックするが、政府は特殊部隊を投入して犯人たちの射殺に踏み切る。それだけでなく直後に赤軍のリーダー、バーダー、ラスペ、エンスリンの3人が、武器の持ち込みが厳しく禁じられている監獄内でなぜかピストルによる死を遂げる(当局は彼らがひそかに弁護士が持ち込んだピストルによって自殺したと発表)。その翌日には誘拐されていたシュライヤーの遺体が発見される。

映画はシュライヤーの葬儀の実写(ニュース映像)から始まり、赤軍リーダー3人の葬儀と埋葬の実写(シュレンドルフとクルーゲが監督したこの最後の場面には、車内に持ち込まれた隠しカメラが捉えた警備中の警官隊と、赤軍支持のデモ参加者の映像も含まれている)で終わる。リーダー3名は西ドイツのどの町でも埋葬を拒否され続け、正式に彼らの墓地が決まるまでに時間を要した。映画はこの間のドイツ人の混乱と政治的な危機を描いた、フィクションを含む16の挿話からなる。

作中に、RAFの創設メンバーの一人とされる弁護士ホルスト・マーラーへのインタビューが挿入されている。彼の言によれば、ドイツで反ファシズムの革命が実現するのは67年の学生蜂起においてである。しかし、68年に入って学生運動が先鋭化し、反帝国主義、反資本主義の主張に民衆が背を向けてから、極左組織バーダー・マインホフ・グループ(後のRAF)のメンバーたちの「道徳的憤激」が活動の非合法化・暴力化を招いたという。シュライヤー事件が起こされる77年に至るまでの赤軍の無差別テロは、左翼と民衆の乖離と左翼のアンダーグラウンド化から生まれたというこの指摘は、同時期の日本の連合赤軍の場合にもあてはまる。ただし(映画では言及されていないが)、当時のドイツに特有の事情として、西ドイツの一部左翼組織への東ドイツ諜報機関の関与があったことを考慮すると、60年代終盤から70年代にかけての西ドイツ民衆の、極左活動家への冷淡な態度の理由の一つには、冷戦下の東西ドイツ対立という政治的な状況があったことも否定できない。

シュライヤーの葬儀の実写に続く最初のエピソードはファスビンダーによる。他の監督が事件直後のドイツを描くにあたり、その方法がフィクションであるかドキュメンタリーであるかを問わず、自身はカメラの向こうに留まったのに対し、ファスビンダーだけは自ら画面に登場し、どこまでがシナリオにもとづくのか一見しただけではわからない生々しさで、ハイジャック犯射殺とバーダーらの獄中死への衝撃をぶちまける。しかも、彼は男性の愛人とキスしたり、カメラの前に自分の全裸をさらけ出したり(パリの「イングリッド」と電話でバーダーらの不審な死について会話する場面)、実母を登場させて彼女に当時のドイツ人マジョリティの世論を代弁させたりする(民主主義はlesser evil である、法と秩序を踏みにじるテロリストを法で保護する必要はない、いまのドイツに必要なのは何らかの権威である、といった彼女の言葉は、多かれ少なかれシュライヤー事件で最高潮に達したドイツ民衆のヒステリックな心境を表わしている)。「秋のドイツ」という映画が、当時の西ドイツの観客に提示しようとした主題が、テロリズムへの怒りゆえに民主主義よりも国家権力による統制を優先しようとし、反ファシズムの立場を早くも忘れ始めているドイツ人自身の姿であったことは間違いない。エピソードの中にはシュライヤーに黙祷を捧げるダイムラー・ベンツ社の労働者の大半が外国人であることや、シュライヤーの葬儀の裏側で列席者に供する大量の食事を準備する業者の姿なども含まれており、こうした西ドイツの資本主義の実態を明らかにすることも、クルーゲらの意図の一つであったことがわかる。しかし、この映画にプロパガンダ臭はない。ファスビンダーをはじめ、先に紹介したマーラーを含めて、登場人物はテロリストを支持するような言はいっさい吐かない。映画の冒頭近く、そして終幕において掲げられる字幕は、「残虐な行為はもはや限界に達した。だれがその行為をなすかに関わらず、ただちにそれをやめるべきだ」である。この映画に参加した監督たちは、極左に与するわけではなく、暴力行為を告発し、極左を怖れて再度ファシズムを生んだメンタリティに回帰しかねないドイツ人の精神を批判しているのである。

私がこの映画に感動した理由は、まず作品の構成の巧みさにあると先に述べた。ではいま紹介したこの映画からのメッセージに、私は何も感じるところはなかったのか? 作品の構成とは異なる話になることを承知で書くなら、ファシズムを生んだ精神につながる、時代の危険な風潮をいち早く批判し非暴力を訴えるメッセージを、思想的な立場を異にするドイツの9人の映画人がシュライヤー事件の直後(1978年)に、他ならぬ映画という手法を用いて送り出した事実には感動した。日本にも連合赤軍をモチーフにした映画や小説はたくさんあるが、たとえば浅間山荘事件を報道するTV局とその視聴者(つまりマジョリティ民衆)、事件を極左排除に利用しようとする国家権力への危惧を非暴力の訴えとともに事件直後に提示した事例は思い当たらない。また当時のドイツの映画人には、思想的な立場の相違を越えてファシズムへの嫌悪とそれを生む精神への危惧が共有されていることが、この映画を通じてよくわかるけれども、同時期の日本の映画人が自分たちの間にそのような思想的な共通の基盤を見出し得たかと言えば疑問である。

本題に戻ろう。本作品はオムニバスというより、異なる監督とカメラマンが撮った素材をクルーゲが編集した作品であり、その構成が素晴らしいというのが私の意見である。どこがいいのかを要約すると、1)担当した監督名を出さずに全篇を切れ目なくつないでいること、2)ドキュメンタリーとフィクションの判別しにくさ、3)クライマックスを形成するアンティゴネーの場面の効果、4) 3)との関連で、全篇を貫く女性の存在の重要性である。1)と2) についてはくどくど書く必要もないので、他の2点について述べよう。

映画の冒頭と終幕の間には、極左組織に対する断固とした政府の態度を支持し、テロリストを徹底排除しようとするマジョリティの態度とそれを利用する財界、左翼の活動家をまるで異端分子のようにあぶり出し、時には彼らに暴力をふるう一般人と警察官の姿が描かれていた(すでにこの時期に、西ドイツ国内にネオナチ勢力の萌芽があったことは、バーダーらの埋葬に抗議する人々の一部から、「ジークハイル」の叫びが聞かれることからも明らかだ)。いっぽうで戦後の西ドイツの歴史教育に疑問を抱き、シャベルを手に自ら歴史を掘り起こそうとする女教師(クルーゲ自身のパート)や、20年代の革命をめぐる映画の放送に関わる女性ジャーナリスト、駐車場で何ものかにひどく殴られる女性など、アンティゴネーの場面に至るまで(付け加えれば映画のラストシーンに登場する無名の母娘の後姿に至るまで)、この映画の希望はすべて女性の姿を通して描かれている。この点は特に感銘深かったことの一つだ。

そしてこの印象をいやでも鮮明に刻印するのが、シュレンドルフとベルによるアンティゴネーの場面である。あるテレビ局が教育番組としてソフォクレス「アンティゴネー」の放映を企画し、すでに映像はできあがっている(TV用「アンティゴネー」のラストシーンは上層部の懸念を制作者が事前に察知して3種類作られている)。番組の構成会議が開かれ、制作された映像を上層部を含めたメンバーが検討するという内容のフィクションである。アンティゴネーはストローブ=ユイレの作品や、初期のファスビンダーの演劇における関与でも知られているように、ドイツでもヘルダーリンによる翻訳以来、権力への抵抗の象徴だ。作中アンティゴネーは、現国王(アンティゴネーの叔父)に反旗を翻した兄の亡骸を、埋葬はせず鳥獣の餌食にせよとの王の命に背いて肉親の情愛から埋葬する。この内容は、RAFの亡きリーダー3名の亡骸を収める場所が決まっていなかった当時のドイツでは、あたかもテロリストの国家に対する反逆を支持するかのように受け取られるというのが、TV局上層部の懸念であった。「秋のドイツ」のこの場面では、会議用のモニターにアンティゴネーのモノクロ映像(妹に対し兄の埋葬を訴える)が繰り返し映し出される。この美しい映像を前に、ただ視聴者と政府の意向のみを考える上層部の腑抜けぶりと、彼らに必ずしも決然たる態度を取ることができない制作者という、マスメディアの構造的なだらしなさを端的に捉えた場面である。古代ギリシャから送られてくる普遍の力との対照で現代社会の欠陥を暴き出すシークエンスはこの映画の白眉だが、それを支えているのはひとえにアンティゴネーを演じている女優さんと、これを演出・撮影したスタッフである。

「秋のドイツ」の要所に女が登場することがクルーゲの意図なのかどうかはわからない。しかし監督の意図はどうあれ、じっさいに映画の中で女性が希望の中心に置かれる構成が、先にあげた4項の中でも私にはとりわけ重要に思える。

本当はこういう感想を抱いて「昨日からの別れ」と「サーカス小屋の芸人たち 処置なし」を見に行った私が、この2作品を見つつ、あるいは見終わって何を考えたかという、そこを書きたかったのですが、今夜はもう腕と眼が疲れたので、続きは明日書きます。「昨日からの別れ」のクルーゲ監督の妹アレクサンドラが演じるアニタ・G、魅力がありますね。この映画は「ストレンジャー・ザン・パラダイス」「ドイツ零年」「アメリカの影」など、いろんないい映画の既視感を呼び覚ましてくれるので大好きです。ですがそんなことより、今日の私が映画館に脚を運んでいる間に考えていたのは、「秋のドイツ」のあの編集の技は、60年代の(駆け出しの頃の)クルーゲにも何らかのかたちで先取りされているはずだから、そこを見つけようということに尽きました。結果は、見つけ出すも何もそれしかないというくらいの話です。「サーカス小屋」に至ってはそれが空回りするほど過激です(この作品がヴェネツィア金獅子というのは何かの間違いだと思います)。しかし見方によってはたいへんに面白いので、その魅力について明日書いてみます。

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